忘れがたきうどん店(1) がもううどん
さぬきうどんが好き。
理由はすぐに言葉にできない。とにかく好き。
今は東京でもさぬきうどんを出すお店は少なくないし、近所のスーパーや香川県のお店からの通販を使えば楽に生麺・半生麺をゲットできる。家でお湯を沸かし、買ってきたうどんをゆでて、天ぷらも自分で揚げていただく静かなお昼は至福のひと時である。
それでも、地元香川県まで出向いていただくうどんはまた格別。東京にいて薄味のおつゆでうどんをいただくと物足りなさが残るが、地元で食べると十分においしい。香川県ではおつゆを「だし」と言うが、その言い方も納得が行く。
最初に地元でいただいた本場さぬきうどんは国鉄宇高連絡船のスタンド。うー、世代がばれるか。その頃東京ではまず味わえないコシの強さが素晴らしかった。
2000年代に入ると東京でもHMうどんなど、天ぷらなどのトッピングをセルフで取る方式のチェーン店が増えてきた。幾度かおいしくいただいたが、やはり地元まで行かないと味わえない何かがある。
2012年12月。
節目の年齢を迎えて、数多の辛いこと悔しいことを乗り越えてここまで生きてこられたご褒美として、湯の川温泉に行く計画を立てた。部屋づきの貸し切り露天風呂が楽しみ。そのついでに香川県で本格さぬきうどんを食べよう、本場のセルフサービスを体験しようと思い立ち、「サンライズ瀬戸」の寝台券を取った。狙うは坂出市の「がもううどん」。
当時はネットニュースなどで「サンライズ瀬戸」を話題にする人も、動画サイトで旅行レポを載せる「交通系Youtuber」もほとんどいなく、寝台券は楽に取れた。首都圏の駅でもいわゆる「10時打ち」(指定券類発売開始時刻、すなわち乗車日の1か月前午前10時ちょうどに、駅係員にマルスを操作してもらうこと)の事前受付を快く引き受けてくれるところが多く、出勤前に申し込んで夕方希望の寝台券を引き取れた。
この頃はすでにネットの時刻検索サイトを使っていたので、正確な時刻は記録に残っていない。東京22時00分発は確かだが、坂出着は7時08分ごろだったと思う。
静かになった気配がしてブラインドを上げると大阪駅に停車していた。枕元の時計は4時30分を示していた。すなわち東京から6時間30分、かつての特急「つばめ」「こだま」に匹敵するスピードで走破したことになる。ちょっと感動した。
まだ真っ暗な須磨の海、灯りを落とした明石海峡大橋を眺めて二度寝したら、もう岡山であった。茜色の瀬戸大橋を渡る。
普通列車高松行きに乗り換えて、2つ目の鴨川で下車。7時30分すぎだったろうか。駅前の橋を渡り、冬枯れの里を15分ほど歩くとがもううどんに到着した。
がもううどんの開店は8時30分だが、当時から人気店で、平日でも開店数十分前から並んで待つ人がいると聞き及んでいた。それならば「サンライズ瀬戸」はまさに絶好のアプローチ手段。大阪や神戸から車で来る人よりもある面有利である。よく晴れた朝、5~6名ほどが並んでいたと記憶している。もちろん皆さん地元の人で、いかにも都会から来ましたといった風情の私はずいぶん目立っていただろう。
東京で生まれ育っている身だと、地方を旅する際に遭遇する地元民ご用達のお店にはとかく敷居の高さを感じさせられるが、この時は不思議とあまり気にならなかった。
写真の通り店舗は極めて狭小で、中は厨房と麺を入れたプラスチックケース置き場が大半のスペースを占めている。店内のテーブル席は6名程度のキャパシティで、ほとんどのお客さんは外のテーブルで食べている。この日は問題なかったが、雨が降ったらどうするのだろう。
「準備中」の札が掲げられた扉の脇には簡素なメニュー表が張られている。
や、安い!天ぷら一律80円も良心価格。もっとも東京からの交通費を含めると、都心のおしゃれなレストランでフルコースもいただけるだろうが、それは言わないお約束。都心のおしゃれ系よりも断然魅力がある。
開店時間が来て店内へ。厨房ではすでに温かい湯気が上がっていた。今ふうにアレンジされた木造家屋には出せない味。
「お客さん、ここに荷物置かないでくれますか。麺出しますので。」
「あっ、ごめんなさい。」
早速主人に注意を受ける。これから飛行機に乗ることもあり、たくさんの荷物を抱えていた。食後は坂出駅に戻らず、次の列車で高松を目指す予定なのでコインロッカーは使っていない。そのまま注文に移る。「温かい麺の小(1玉)」を頼んだと記憶していたが、460円支払ったと覚えていて、改めて写真を確認したら「大(2玉)」を頼んでいた模様。麺のみが入った丼を渡された。
天ぷらは店先にたくさん用意されている。だしも、小口ねぎなどの薬味もすべてセルフ。
当日は初めてなので気がついていなかったが、この写真を改めてよく見たら「つめたいかけだし」の蛇口タンクもある。ということは、他店で言う「ひやあつ」や「あつひや」にすることも可能なのだろうか。
おあげとちくわ天、さつまいも天を選択。店員さんが「460円。」とたちどころに計算してくれて、そのまま支払う。温かいだしをかけて着席。
いよいよ、いただきます!
おあげはだしがよくしみている。関東の濃い味とは文字通り”ひと味違う”。麺は太く、すばらしいコシ。だしはイリコで丁寧に取られている。ごちそうさまでした。
お店を出ると30人程度の行列。店外のテーブルで食べている人も大勢見られた。おみやげも買い、鴨川駅へ戻る。
やって来た列車に乗り込み高松へ。当時はまだジャンボフェリーを知らなかったので、高速バスに乗車。淡路島を縦断して、午後には高速舞子に到着できた。
翌日は飛行機で一路北へ。五島軒のカレーを味わい、部屋の露天風呂を心ゆくまで堪能した。
「がもううどん」は近年人気が過熱気味で、平日の朝でも入店まで40分くらい待たされるという。日曜日・月曜日は休みだが、土曜日や観光シーズンは10時くらいで麺がなくなる日もあるとか。「サンライズ瀬戸」の寝台券も取りづらくなったし、また行きたくとも再訪は難しいかもしれない。
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