特許重要判例を読もう!(8)ボールスプライン軸受け事件
最高裁平成10年2月24日第三小法廷判決
1.意義
均等の5要件を判示した裁判
2.事件の概要
本件は、被上告人が特許権の侵害を理由として上告人に対して損害賠償を求める訴訟であるところ、原審の確定した事実関係の概要は、次のとおりである。
1 被上告人は、発明の名称を「無限摺動用ボールスプライン軸受」とする特許権(昭和四六年四月二六日出願、同五三年七月七日出願公告、同五五年五月三〇日設定登録。特許番号第九九九一三九号)を有している(以下、右特許権を「本件特許権」といい、その発明を「本件発明」という。)。
2 本件発明の特許出願に係る明細書(以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の記載は、次のとおりである。
円筒内壁に断面U字状のトルク伝達用負荷ボール案内溝と、該溝よりもやや深いトルク伝達用無負荷ボール案内溝を軸方向に交互に形成し、その両端部に前記深溝と同一深さの円周方向溝を形成した外筒と(以下「構成要件A」という。)、外筒内壁の軸方向に形成したトルク伝達用負荷ボール案内溝とトルク伝達用無負荷ボール案内溝に一致して薄肉部と厚肉部を形成し、さらに前記薄肉部と厚肉部との境界壁に形成した貫通孔と前記厚肉部に形成した無負荷ボール溝へボールがスムーズに移動可能な無限軌道溝を形成した保持器と(以下「構成要件B」という。)、該保持器と前記外筒間に組み込まれたボールとによって形成される複数個の凹部間に一致すべく複数個の凸部を軸方向に形成したスプラインシャフトを(以下「構成要件C」という。)、嵌挿組み立てて構成される(以下「構成要件D」という。)ことを特徴とする無限摺動用ボールスプライン軸受(以下「構成要件E」という。)
3.判決趣旨
特許請求の範囲に記載された構成中に対象製品等と異なる部分が存する場合であっても、(1)右部分が特許発明の本質的部分ではなく、(2)右部分を対象製品等におけるものと置き換えても、特許発明の目的を達することができ、同一の作用効果を奏するものであって、(3)右のように置き換えることに、当該発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という。)が、対象製品等の製造等の時点において容易に想到することができたものであり、(4)対象製品等が、特許発明の特許出願時における公知技術と同一又は当業者がこれから右出願時に容易に推考できたものではなく、かつ、(5)対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もないときは、右対象製品等は、特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして、特許発明の技術的範囲に属するものと解するのが相当である。
4.検討
本判決では均等の5要件が示されています。
(1)特許発明の本質的部分ではないこと
(2)対象製品等におけるものと置き換えても、特許発明の目的を達することができ、同一の作用効果を奏するものであること、
(3)置き換えることに、当業者が、”対象製品等の製造等の時点”において容易に想到することができたものであること
(4)対象製品等が、特許発明の特許出願時における公知技術と同一又は当業者がこれから右出願時に容易に推考できたものではない
(5)対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もないとき
第一要件(本質的部分の要件)の議論;クレームを構成区分ごとに分節し、本質的部分と非本質的部分に分けて非本質的部位の置換に限定するという(ア)構成要素区分説と置換後でも当該特許発明の技術的思想範囲内に含まれれば結果的にその構成を非本質的部分であるとする(イ)技術的思想説(解決原理説)があり、多数説はイの技術的思想説になります。しかしその場合でも、技術的思想が明細書に開示されていることを要求すべきだという議論があります。
第二要件(置換可能性)の議論;第一要件との関係性について議論があります。
ア)第一要件で、解決原理の同一性、第二要件で作用効果の同一性イ)第一要件で、技術的思想が開示されているかどうか、第二要件でその技術的思想が被疑侵害品においても体現されているのかどうか
といったように、違いがあります。
第三要件(置換容易性)の議論;第一要件に概念が殆ど内包されるため、実際の裁判では議論の中心にならないことが多い。
第四要件の議論;特許出願時に対象製品が特許性のないものであるなら権利行使を認めないという内容です。しかし、こちらも使われる機会は減っています。
理由として、キルビー事件後は無効の抗弁が認められるようになり、また、無効理由があることが明らかな特許について権利行使を認められないことが明らかになりました。そうした状況で、被疑製品が特許出願当時特許性が無い(技術的思想説で作った仮想クレームに無効理由がある)のであれば、多くの場合、特許自体にも無効理由が存在することが多いと考えられます。わざわざ第四要件で主張するまでもなく無効の抗弁で済んでしまうというわけです。
第五要件(審査経過禁反言);審査過程で、技術範囲を限定するような主張があればそれを参酌すべきという内容です。但し、ここでは審査機関(特許庁)と判断機関(裁判所)が分かれていることから、矛盾主張が見逃される可能性を防ぐことが目的で、通常の出願経過参酌とは違うとする考えがあります。その場合、単に補正や意見書での強調(コンプリートバー)では足りず、それに伴い審査に影響があった可能性が必要(フレクシブルバー)とする説があります。
第四要件と第五要件は被疑侵害側が本来主張するだろう内容です。被告が抗弁として主張し、原告が立証責任を持つという形になります。
こんなにも議論が残っている均等論ですが徐々に認められづらくなっているそうです。基本的にクレームに公示性があり、明確性も厳格に求められている中で、ホイホイ均等を認めてしまうと、訳が分からんといわれてしまうのも分かります。
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