【読書】山田太一「早春スケッチブック」

「早春スケッチブック」という本を読んだ。面白かった。主人公は高校3年生で信用金庫に勤めると父と専業主婦の母のもと妹と平凡に暮らす。ある日妹が近所の女番長に絡まれるが、女番長に歯向かおうとする妹に対して、主人公はさっさと謝罪して何円か支払ってことを穏やかに終わらせようとしており、このシーンからも主人公の手堅さが伝わってくる。

しかし、主人公がある日、母親の元カレと遭遇する。この元カレというのは2つの点で曲者で、1つ目は主人公の実の父であるという点で主人公を揺さぶる。もともとは実の父は死んだと聞かされていたが、主人公の父は生きていたのである。2つ目は、平凡な生き方とかけ離れた生活をしている点で、良い大学に行って良い会社に努めてという終わりの見えた人生ではなく、よくあるレールに乗らずカメラマンとして自分の力で生きぬく。

主人公はそんな実の父に揺さぶられ、このままセンター試験を受けて良い大学に通うのが正解なのだろうか、信用金庫に勤め周囲に頭を下げまくる父は本当にかっこいい存在なのかと悩む。謝って物事をやり過ごそうとする当初の主人公とは大きく変化する。

次第に、主人公の実の父、主人公の母親の元カレは主人公の家族全体に影響を及ぼし、主人公の家庭の中での父親とも言い争いをする。実の父が主人公一家の父親に対して、平凡な生活で何が楽しいんだという趣旨の発言をするのである。暴言ばかりで主人公一家をかき乱す彼であるが、放っておけない魅力がありなかなか関係を断ち切れない。

このように平凡な生活で良いのかという疑問を投げかける一作だと思っていたが、最後の展開に驚いた。1つは主人公一家の父親の意思決定。平凡な生活を望んていた当初の父親では決してできないであろう勇気ある決断をした点に驚いた。もう1つは、主人公の実の父親が平凡な生活の良さを実感したシーン。1人しかできない特別な仕事と比べて誰にでもできるような仕事は目立たない存在かもしれないが、そうした仕事をしっかりとやっていくことの大切さを味わうシーン、とても好みであった。

もともとはドラマだったみたいなので、その作品も見たいなと思った。

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