【読書】下條信輔「潜在認知の次元 -- しなやかで頑健な社会をめざして」
下條信輔さんの「潜在認知の次元 -- しなやかで頑健な社会をめざして」という本を読んだ。原子力発電をどうするかという社会レベルの大きな問題について、心理学・認知神経科学の観点から考えていくという1冊。まず現実問題を見てアイデアを見出しそれから基礎的な研究を行うような形であるべきという発想のもと、現実問題の一例として原発問題を取り上げた形である。基礎研究がまずあってそれをどのように応用していくのかというのが従来の発想とするならば、本書の立場はそれとは逆の考え方であるだろう。
個人的に興味深かった点はshared realityについての話である。shared realityとは共有された現実という意味であり、単に各々の人間が何らかの考えを持っていることではなく、その考えが他者にも共有されているということが重要であるという発想である。例えば、株への投資においては、自分は「今後株価が上がる」と思っていれば、普通は株を買うはずである。しかし、このとき「他の人は、今後株価は下がると思っているだろう」と予想していれば、その人は株を買わないだろう。なぜならば、他の人たちが株を売ることで今後株価は下がることが見込まれるためである。このように、1人1人の考えではなく、他者がどう考えているかが社会のあらゆる問題を考える上で重要だというのがshared realityの基本的な考え方である。
この点、今回の緊急事態宣言の意義にも関わってくるように思われた。その宣言には特に強制力がないため効果がないように思われがちであるが、宣言を出すことで「今が緊急事態である」ということが皆の同意となったかのように思えるわけである(実際はどうであれ)。そのため、自分は友達とお酒を飲んでもOKだろうと思っている人であっても、「他者は今を緊急事態と思っている」と予想すれば飲みに行こう~とは誘いにくくなる。
今までの知見を今回のコロナウイルス関連の問題に活用するという点はもちろん大切であるが、本書のメッセージを踏まえると、コロナウイルスという現実の社会問題をきっかけに今までの基礎研究で欠けていた部分を知り、そして今後の研究を通じてその欠けていた部分を埋めていくことが大事なんだろうと思われた。
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