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【ネタバレ注意なブックレビュー】『飢餓俳優 菅原文太伝』 松田美智子著(新潮文庫)

自分は大の映画好きだし、役者さんの伝記的な本等も大好きなのだが、今作ほど《意外な読後感》に成ったのは初めてで、今でも戸惑いが隠せないし、菅原文太と云う人の“意外性”に心底驚いた。

 例を挙げると…「東北育ちで貧しく親の愛を受けずに育った」「そこそこ頭が良いのに大卒を諦め、上京〜なし崩し的にモデル〜役者へ」「イケメンでモテた為、若い頃は遊興三昧」「劇団四季立ち上げ時に在籍して、浅利慶太と同い年」「その後、映画役者を目指すが、(自分を)活かせる映画会社に出会えず転々とした為、世間で思われているよりも結果的にかなり遅咲き」「人間関係は意外な程ドライで、上下関係や群がったり、ベタベタした付き合いを嫌った」「ヤクザ映画で一世を風靡し、△□組とも深〜いお付き合いをしていたのに、後年、奥様の影響により“バリバリの左翼思想”に成っていた」…等、驚くことばかりで、菅原文太のイメージが全く違うものに変わってしまった。

 特に晩年の「改憲反対」「原発反対」「米軍の辺野古移転反対」「安倍政権反対」等の主張を読むと、『右翼から左翼へ鞍替えしたみたい』と云うデコトラの会長さんの言葉が、何とも重たく悲しく響いた。これだけの役者さんが“政治問題に強く発言する”のは、左右はどうあれ、彼を慕うファンもさぞかし意外だっただろうし、困惑するだろうなぁ…と。
 そして彼は大変な読書家で、東映会館の自分の楽屋でも、映画の台本ではなく自分が買って持ち込んだ大量の本を読んで一人静かに過ごしていた、と云うエピソードも驚きだった。

 彼の話をする際にはどうしても『仁義なき戦い』を避けては通れないが、彼自身は《面白い映画》に出たいのであって、決して《ヤクザ映画》に愛着を持っていなかった点などは、後年に成って「何かといえば『仁義なき戦い』のことばかり聞かれることにウンザリしていた」のが、武田鉄矢が「『金八先生』のことばかり聞かれることにウンザリだ」と語っていたのと共通していて『言われてみれば確かに…』と思った。

 その上、業界内での人間関係をも(例え“絶縁”されようとも)、バッサバッサと絶ってしまうくだりは読んでいて爽快な程で、例え先輩役者に殴られても突き通す姿には本当に驚いた。○山先生にはお気の毒だが…ww。

 従って『トラック野郎』は彼にとって“ヤクザ映画からの脱却”であり、更にそれも大ヒットしシリーズ化が続くと、直に飽きてしまいアッサリと降りてしまう。確かに東映は一度当たれば“短期間に役者が擦り切れる程、製作しまくる”のが大きな悪癖では有るが、アレはもう少し続けても…と云う思いも有った。その後は、文芸路線等の《ウケなくても新しい何か》へ傾倒し、静かに表舞台から去っていく…。

 又、とかくこの業界は《話を都合良く盛る》人たちばかりなので、春日太一さんの著書等を読んでいてもいつも思ってるのだが、此処まで踏み込んだ内輪話は初めて聞く事ばかりで驚きの連続だったのは、ひとえに著者の丹念な聞き取りの賜物だと感じ入った。但し、サバサバした彼の生き方のせいで、彼の内面については「〜だったと思う」と話す人が大半で、芯を突いた話が出来る人物が殆ど居なかったのは致し方無いところか。
 そもそも、人の人生なのだから、他者がその生き方にどうこうケチを付けるものではないが、それを上回る程の《意外性》がとにかく印象に残った。それも想像していたのとは真反対に…。
 今後は『トラック野郎』や『仁義…』以前の作品等も観てみたいと思う。

「山守さん、弾はまだ残っとるがよぅ。一発、残っとるがよ…。」

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