【童話】雪桜蝶(1669字)
四月です。
花は咲き、鳥は歌い、お日さまの光が、ぽかぽかと生き物たちを温めます。
でも、その日はとっても寒い日でした。
みづはさんは、明日が入学式。
小学校の一年生になるのです。
幼稚園を卒園するとき、友達100人できるかなと歌いました。
大きな赤いランドセル、鮮やかな黄色い帽子。
ピカピカの一年生になるのを、楽しみにしていました。
それなのに、どうしてこんなに心が沈んでいるのでしょう。
みづはさんの両親は、郊外に新しい家を建てたので、お引越しをしたのです。
それは、大人にとってはほんの少しの距離でしたが、みづはさんには、何もかもが変わってしまうくらい、遠い遠い距離でした。
しかも幼稚園のお友達とは、みんな離れてしまって、みづはさんだけ、別の小学校に通わなければいけないことになったのです。
新しい家は山の近く。
家は広いのですが、街はしいんとしています。
お日さまは、分厚い雲に隠れてしまっていました。
(今頃、みんなはどうしているだろう)
みづはさんは、幼稚園のお友達のことを思いました。
明日はみんなそろっておしゃまな格好をして、同じ小学校の体育館で入学式に出ているはずだったのです。
でも、その中に自分はいません。
新しい家のお庭に出て、ひとりぼっちで暗い空を見上げると、目頭に熱いものが込み上げてくるのでした。
するとそこに、ひんやりとしたものが触れました。
なんだろうと思ったら、次から次へと、白いヒラヒラしたものが舞い降りてきました。
寒いはずです。
それは雪でした。
山の上を見ると、空が真っ黒。
雪は山から降ってきたようでした。
四月に雪が降るなんて、珍しいことです。
(寒いわ。こんなんじゃ、明日学校に行けないよ)
ブルッと震えて、家の軒下に入りました。
(さみしいな。一年生になんかならなくていいから、前のおうちに帰りたい)
雪はちらちらと降ってきます。
地面に降りると、一瞬だけ、お庭を白く染めて、滲んで消えるのでした。
(あれ、なんだろう?)
お庭の石の上に、消えずに残っている、ひとひらの白い雪がありました。
どうしてそこだけいつまでも残っているのだろう。
みづはさんは不思議に思って、寒い中をジャンパーを羽織って、お庭に出ていきました。
「あっ、蝶だ」
雪だと思った白いものは、蝶でした。
みづはさんの声に驚いたのか、蝶はひらひらと飛んで、今度はお庭の桜の木に止まりました。
みづはさんは、そーっと近づきました。
近くで見ると、ほんのりピンク。
見たことのない蝶でした。
蝶はじっとみづはさんを見つめたまま、その場でゆっくりと、羽ばたきを繰り返しています。
「山から来たのかな。怖くないよ。お友達だよ」
目と目が合ったような気がして、みづはさんは、にっこりと笑いかけました。
「おいでよ。寒くないよ。雪なんてすぐに溶けちゃうよ」
そのとき、急に強い風が吹いて、みづはさんは思わず手で顔を覆いました。
しばらくして目を開けてみると、まるで、降りしきる雪の中にいるみたいでした。
「うわぁ…」
舞っていたのは、蝶でした。
みづはさんのまわりを、白い蝶の大群が、ひらひらと飛んでいました。
「蝶がいっぱい。お友達、いたんだね」
雲の切れ間から、まっすぐな日の光が射して、蝶の羽にあたって、キラキラと弾けました。
「あれ?」
すると、どうしたことでしょう。
あんなにいた蝶は、すっかりいなくなっていました。
お庭は、風に落ちた桜の花びらでいっぱいでした。
次の日、ぽかぽかとした春の陽気の中、みづはさんは、お母さんに手を引かれて入学式に行きます。
校門をくぐると、満開の桜が出迎えてくれました。
ひらひら、ひらひらと、風に乗って花びらが、気持ちよさそうに流れていきます。
同じように、お母さんに手を引かれた小さな女の子と目が合いました。
「おはよう、あなた一年生でしょ」
「どうしてわかったの?」
「だって、ランドセルに蝶がいるもん」
どういうわけか、一年生の子のランドセルには、桜の花びらではなくて、みんな蝶が止まっていたのです。