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洞窟でうまれた絵

数年前「非公開制作」と称して、人がひとり入れるくらいの小屋のような木箱を作り、電灯ひとつと画材と水だけを持って中に閉じこもり、絵を描くという実験をした。

「非公開制作」のルール


大学のアトリエに作った

洞窟を自ら作り、自ら閉じ込められた。

身体の自由がきかない狭い空間と、視界には自分の身体と電灯で照らされた壁、天井、床のみという制限された環境に身を置くことで、どんな絵がうまれるのか試したかった。また、絵を描く自分の身体、精神、描かれた絵と一対一で向き合わざるを得ない状況を作ることで自分に揺さぶりをかけてみようと思い、この実験をすることにした。

何も描かれていない内壁

最初は色を塗ってみたり、ラスコーの壁画のような動物を描いたりしてみた。電灯の明かりを床に置いて作業をしていたので、自分の手の影、体の一部の影が洞窟の壁にうつって影絵のように見えた。その影をなぞってうつしたりもしてみた。狭い空間での身体の動きをトレースして絵にすることも試みたけど、うまく表現できなかった。
洞窟で壁画を描いた太古の人類の追体験をしようとしたのかもしれない。しかしどれも納得いかず、内壁や天井、床にいたるまでを真っ黒に塗り潰した。洞窟から宇宙へ。そして、銀色のマーカーで描き始めていった。

黒い背景に描かれる銀色のマーカーの線は、電灯の明かりを反射し、それのみが浮かびあがってくるようだった。木の壁や天井をマーカーでゴリゴリと擦る音とインクの匂い、天井に描く手を伸ばし、時に床にうずくまりながら、ひたすら描いた。何も考えず、何を描くかも何が描かれたかも考えず、ただ描きながらどんどん没頭していった。久しぶりに描くことに夢中になれたと思った。描き終えたものは、当時私がよくしていた海辺での骨拾い、貝、サンゴ、波打ち際の泡沫などの形に見えた。

描き終えたところ

当時のわたしは自分が絵を描くということに、もはや何の価値も意味も見出せなくなっていた。しかし美術系大学の学生だったので制作から離れることもできず、でも描きたいものも見つからず、なんとかして現状を打破せねばいけないとても追い詰められた状態だった。化石を掘ってきて粉々に砕いて絵の具をつくってみたり、大阪まで行って動物の死体を解剖して骨格標本をつくるワークショップに参加したりしてみた。それぞれは印象深い体験だったが、作品の題材として深く追求することはなかった。

洞窟での実験もまた、私の現状を打破するまでには至らず、当時はこれは失敗に終わったのだと感じた。そして無力感に苛まれながらこの後1年の休学を決めたのであった。

それから数年後のある夜に、わたしはある事情でいてもたってもいられなくなった。持ち物に絵を描きたいと思ったことはいままでなかったのに、なぜか唐突に、ギターのピックガードに白いマーカーで絵を描き始めた。

描かれたイメージはすこし見た目が違っていたが、洞窟で描かれたものと同じだった。続いてエフェクターボード、ヘルメット、と次々に描き進めていった描きながらあの洞窟でのことが、今まですっかり忘れていたのに次々と蘇ってくるようだった。うずくまるようにして描きながら、いま洞窟の中にいた時と一緒の体験をしている、とたしかに感じていた。洞窟でうまれた絵は、血肉になって自分の中に残されていた。これは紛れもない自分なのだ。
実験も、あの中での体験も、けっして無駄ではなかった。数年経った今、洞窟から何にも変えがたい宝を持ち帰ったような、すがすがしい気持ちになっている。

実は別の洞窟の話もあるのだけど、これはまたの機会に書くことにする。


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