2023下半期レビュー
新年を迎えましたが、2023年にリリースされたアルバムから是非ご紹介したいものを挙げていきます。ジャンルを問わず、「大御所」がキーワードになった下半期。もろもろ隔世の感ですね。例によって、本稿をアップするまでに約一ヶ月のタイムラグがあります (2023.12.10.現在)。
Medasin
フォロワーの紹介記事で知った Medasin、ぼくが新譜を聴いたのは初夏 7月で、これが初 Medasin でした。2018年のデビュー作「Irene」も遡って聴きました。凄い才能ですね。エレクトロニカの世界は日進月歩ですが、かつて Telefon Tel Aviv を知ったときのような衝撃です。ポテンシャルはそれ以上かも。とにかく、この若き天才、根っこにハートウォーミングのアナログ音を持っています。ジャズだったり映画音楽だったり、さまざまなサウンドの欠片を散りばめたうえで、ぎりぎりの性善説みたいなものをそーっと届けてくれます。時代がそのうち追いつくのでしょう。
「Always In A Hurry」★★★★☆
100 gecs
もうひとつ、新世代サウンドで触れておきたいのが 100 gecs。3月リリースで恐縮ですが、最新 2nd「10,000 gecs」はメジャーデビューに該当します。かつてアヴァンギャルドで括られたジャンルは、この先どうなるのか、というぐらい評者泣かせの作品。それでいて、なにか言及せざるをえない、言及したくて仕方ない、そんな魅力に溢れています。真に新しいものが出てくるときは、いつだってそうでしたよね。↑ の Medasin もそうですが、もう創作編成の根本が変わってしまったのでしょう。ジジィがなにを今更、って話ですが、打ち込みやサンプラーの進化で人力プレイの概念もいよいよ修正を迫られる時期に来ています。メタルギターであれ、ホーンセクションであれ、生音である必然性はない、そんな時代。
「10,000 gecs」★★★☆☆
Peso Pluma
初夏に集中的に聴いたのが Peso Pluma の「GENESIS」。暑い陽光にめげそうな日にはレゲトンです。Luis Fonji に比べれば、さすがメキシコ (マリアッチ) だけあってトロンボーンが効果的に使われています。メキシコのアルバムとしてビルボード史上最高位を更新。時代の趨勢でしょうね。ワールドミュージックの元祖は Santana だと思いますが、「Oye Como Va」を「オラのリズムを聞いとくれ」と邦訳したのは、いまや昭和の笑い話です。
「GENESIS」★★★☆☆
Nuclear Power Trio
お盆休みは Nuclear Power Trio の初フルレングズ「Wet Ass Plutonium」をヘビロテ。サウンド的にはぼくのド真中なので、がちテンション上がりましたね。メタル (Djent) + プログレ・フュージョン、というよりは、Animals As Leaders + T-Square、といったほうが分かり易いかも。とにかく超絶インストで聴かせ、楽しませてくれます。お楽しみのひとつは ↓ 動画をご覧のとおり、トランプ、プーチン、金正恩、をパロッている部分。音はたしかに既視感に溢れていますが、それがマイナスポイントになるわけではなく、チョーご機嫌な気分にさせてくれます (かなりイイ線いっています)。
老婆心ですが、政治的なパロディはないほうがよかったかも、と思ったりもします。これは褒め言葉ですよ。トランプやプーチンを持ち出さなくても、メタル系&フュージョン系のリスナーを充分に満足させられる実力があります。夏にピッタリの爽やかな傑作。
「Wet Ass Plutonium」★★★★☆
Native Dancer
8月末には Native Dancer「At PizzaExpress Live」がリリース。2014年の結成以来、バンド名を Wayne Shorter の1975年作から取ったように、一貫してクロスオーバーのタペストリー・サウンドを提示。トリップホップ、R&B、エレクトロポップ、等々の影響がみられる新世代ジャズが、極上の臨場感で聴けます。即興の醍醐味も、カバーの新解釈も、絶妙にサウンドをまとめるソウルフルな Frida Touray は、ピアノの Sam Crowe とともにバンドの要。安心して聴き入っているうち、気が付けば「これ名盤かも?」という控えめな感動がじわじわ込みあげてきます。積極的に推す、というより、ずっと聴いていられる一票を投じたくなります。ってことで★5個を進呈。↑ NPⅢとの二作で今夏は充実。
「At PizzaExpress Live」★★★★★
Slowdive
9月に入って届けられた Slowdive の新譜。6年ぶりの「everything is alive」は予想外に良かったです。もともとシューゲイザーの連中ではけっこう好きなバンドでしたが、30年かけてスルメ的な味わいで世に認められた、とでも言いたくなるような「古くて新しい」感激。昨今のサッド・インディーズやトリップ・ホップの流行で、いや、もっと大きく社会全般に広がるアンビエント需要の高まりで、周囲の環境がいまや Slowdive サウンドに最適フィットしているのかもしれません。同ジャンルの若手には、堪ったもんじゃないっすね。イマドキ大御所にこんなド正論やられると。
「everything is alive」★★★★☆
上原ひろみ
9月は新譜ラッシュで、ここで採りあげるのに選り好みができる贅沢な状況でしたよ。上原ひろみの「Sonicwonderland」は、その高倍率をくぐりぬけた一枚です。新たなプロジェクト編成で繰り広げるのは、遊園地のような世界観。チープなシンセ音がときおりファミコンを彷彿させ、ギミック感たっぷりの演出フレーズも楽しめます。トランペットの存在感がイイ。思わずクスっと微笑ませてくれるご機嫌なサウンドの背景には、しかしコロナ禍以降の「病んだ日常」があります。つまり、とにかく明るく、チョーご機嫌な世界観は、過剰すぎると「カラ元気」に感じたりするのです。それを重々わかったうえで思うのは、いや、上原ひろみも大人になったよなあ。デビュー20周年、もはや大御所感さえ漂います。
ジャケットも頗るマッチしていますね。Weather Report、YMO、The Police、等々を手掛けた Lou Beach。
「Sonicwonderland」★★★☆☆
Steven Wilson
9月末から10月にかけては、さらに大物&お気に入りアーティストの新譜リリースが相次ぎました。先行シングルも含めれば、The Fusion Syndicate、Royal Blood、Olivia Rodrigo、The Rolling Stones、Steven Wilson、Mitski、とまさにサブスク天国でした。もちろん全部ちゃんと聴きこみましたよ。ただ、この記事で採りあげるのは、言及すべき何かがあるかどうか、その一点。★5個の満点であろうと、どうせ誰かが褒めちぎるならわざわざぼくが推奨することもないし、みたいにオミット。厳選に厳選を重ねてエントリーしたのは、やはり Steven Wilson です。
2年ぶりの新作ですが、音がまた一段とクリアーになった気がします。基本的にぼくはスピーカー派で、通勤など必要に迫られる場合以外はイヤホンを使いません。しかし、Steven Wilson だけは例外です。ノイズキャンセリングのなか、ひとつひとつの楽器の最適音がオーディオチェック用に確保されるみたいで、打ち込みのリズムにさえ耳が吸い込まれます。まるで映画を観ているような、それもサブスクの近未来SFでありそうなスリリングな音が、ほどよい緊張感を保ちながら脳内映像を連ねます。このアルバムは一方通行で聴くべきでしょう。かつてのコンセプトアルバム同様、不可逆な時間をベースにする作品であり、そういう意味でも「プログレの守護 Wilson」はちゃんと応えています。「Impossible Tightrope」は出色。
ただし、ミキサーとしての Steven Wilson とソングライターとしての彼とは別物です。正直、後者に関しては、前に聴いたメロディだよなあ、といったワンパターンを感じさせる部分もあります。生粋のファンだからこそ、今回は「玉に瑕」をクローズアップすべきかもしれません。もう、これは直観ですね。秘めたるエール。創造と破壊の振幅でいうなら、彼は次なる高ステージへ上るための破壊の局面を必要としているのでしょう。
「The Harmony Codex」★★★★★☆
Mitski
似たようなメロディで言うと、実は Mitski の新作にも同じことを感じたのです。ストリングスがふんだんに使われ、より劇的でシネマティックな音像に進化しているものの、彼女独特の節回しは変わらないなあ、と。しかし、そこで理屈を必要としないところが「時代の音」なのだろう、と考え直した次第。そう、その点が ↑ の Steven Wilson と決定的に違います。「Puberty 2」以来 Patrick Hyland とのミキシングを臆せず展開してきたのは、仮にそれしかできなかったにしろ、アンキシャスでエレガントなインディーアートを聴覚化しています。昔は「時代と寝る」と言って売れ筋のアーティストを揶揄したものですが、いまの Mitski は時代のほうが勝手に添寝してくれるようです。音像こそ違えど、90年代の Bjork を思い出します。
「The Land Is Inhospitable And So Are We」★★★★★
The Rolling Stones / Shalosh
10月末には今年の真打 The Rolling Stones「Hackney Diamonds」がようやく顕現。バンドの来歴やシーンの今日性をあれこれ鑑みたうえで、文句のつけようがない会心作だと思います。シンプル&ゴージャス。音数の少なさとその余白を埋める大御所感こそが、ゴージャスの内実です。ロックの初期衝動というか、耳にしたとたん自然と体が動きだす本能というか、それは若さの特権ではなかったのですね。能書不要のグルーヴ感が「本物」の証しです。概ね好評価が飛び交うなか、ぼく的にもっとも本盤の意義を説いているのは ↓ に貼らせて頂いた noter の記事。ファンの応援のあり方、ご自身の言葉による力強い説得力、諸々ぼくの憧れ/鑑です。僭越ながら、これ以上ぼくが言辞を弄するのは蛇足。どうぞ直接お読みください。
「Hackney Diamonds」★★★★★
というわけで、代替でエントリーしたのが Shalosh の「Tales Of Utopia」です。いわゆるイスラエル・ジャズのなかでも、電子音楽やロック系にも親しみ易いコンテンポラリー・スタイル。70年代末のフュージョンからジャズに入ったぼくみたいな邪道には、この種のサウンドスケープが痺れます。物語性豊かな表現力が素晴らしく、展開面でもチル&メロウな起伏に富んでいます。Omri Moh & Yosef Gutman 「Melodies Of Light」との取捨選択でかなり迷いましたが、折しもガザで悲劇が繰り返されているだけに、今回はこちらを推します。イスラエルのZ世代。
「Tales Of Utopia」★★★★☆
bar italia
11月には The Beatles「Now And Then」が世に出て、メロディメーカー John Lennon の普遍性に感激。その陰で bar italia の 新作「The Twits」がぼく的には大注目でしたね。今年 5月に発表された「Tracey Denim」が目茶苦茶よかったので、期待値マックスで待ち侘びていたのです。粗っぽくて Lo-Fi 感たっぷりのスラッカーな魅力はよりアップ。ただ、好意的なシーンに怖気づいたのか、ここまでのサウンドをいったん整えてきたな、という感じもちょっぴり。個人的には「Tracey Denim」のほうがスキです。いずれにしろ、しばらく目が離せないバンドでしょう。
「The Twits」★★★☆☆
Trevor Horn
2023年はやはり大御所つながりで締めようと、最後の最後まで Peter Gabriel と Trevor Horn で悩みました。結果、アルバムの趣向で Trevor Horn に軍配を上げました。本盤「ECHOES」は、プロデューサー Trevor の目で80年代~10年代の各時代を彩ったヒット曲を抜粋、異なるヴォーカルをフィーチャーしてリワークする、という試みです。選曲、人選、のセンスに加え、オーケストラのアレンジも彼自身が行っています。こういったコンピ盤の肝所として、想定範囲を大きく逸脱するような冒険は失敗しがちですが、もちろんそのあたりは首尾よく押さえています。揃ったメンツも凄いですよ (是非ご確認ください)。UKシーンをずっと聴いてきたぼくには、さしずめ最良の走馬灯ギフト。「ゆく年」にふさわしい一枚。
「ECHOES」★★★☆☆
相変わらず、聴きたいときに聴きたいものを聴く、というお気楽スタンスで臨んだ2023年。Spotify を中心に、幸せなリスニング・ライフを送れたように思います。note の存在/仮想読者の目も大きいので、半分以上は皆様のおかげでもあります。最後に、上半期・下半期を通しての★5個アルバムをまとめておきましょう。確率的には 6/24枚 (25%)。妥当な線ですが、ややジャズに甘いかもなあ。