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学校教育において強制力・競争心は本当に必要か?ーサドベリースクールのボランティアスタッフとしての視点からー

今日は、サドベリースクールのボランティア研修2日目に行ってきました。そこでの子供たちの様子や気づきをシェアします。
こちらの記事でもサドベリースクールの様子をお伝えしています。

生徒とスタッフみんなで決めたお出かけ!一体何をした?

今日は、スクールから飛び出して、都内でお出かけをしました。お出かけの内容は、以下の通りです。
10:30 現地集合
①映画「劇場版プロジェクトセカイ」を鑑賞
②近くのフードコートでランチ
③近くのボーリング場でボーリング
④近くのアミューズメントパークで楽しむ
15:45 駅で解散

このようなスケジュールで1日を終えました。

楽しいことしかないスケジュール

今日1日を終えての正直な感想は「楽しいことしかなかったな」です。みんなで決めた観たい映画を鑑賞し、各々好きなものを買ってきてみんなで集まってランチをし、ゲームセンターで太鼓の達人やクレーンゲーム、マリオカートなどを楽しんだ後はみんなでボーリングを1ゲームする、という1日。
映画鑑賞の時は、それぞれの生徒さんたちがポップコーンやドリンクを自分で購入し、映画鑑賞に備えている姿がありました。
私はこれまでに足を踏み入れたことのない音ゲーの世界が描かれた映画の内容にどう反応していいか分からずにいると、映画を見終わった生徒さんたちが「うわー、最高だったな」「やばかったなー」とかなり感動した様子で、総じて色々と驚くことばかりな1日でした。私と生徒さんでは普段から観ている世界が違うのだろうなと妙に納得しました。

大人からの強制力が限りなくゼロに近い世界=サドベリースクールなのでは、、、?

私は、サドベリーの生徒さんたちを見ていていつも思うのは、この生徒さんたちが大人から何かを強制されている姿を一度たりとも見たことがないということです。それゆえに、何かを我慢して行なっている姿も見たことがありません。だからなのか、サドベリーの生徒さんたちは感情の起伏が一定に近く、非常に穏やかです。いつも冷静で、使う言葉も比較的丁寧に感じます。誰かを言葉や暴力で傷つける生徒さんも1人も見ていないし、まるで大人の集団を見ているような錯覚さえ起きるのです。

それとは正反対、強制力による学校運営=多くの公立小学校、、?

サドベリースクールとは対照的な世界が、私が働いていた公立の小学校での教室でした。毎日誰かが誰かを言葉や暴力で傷つけ、毎日誰かが涙を流し、場合によっては血を流し、その対応や保護者への説明にものすごい時間を持っていかれる。そして、先生として本来なら授業の準備にかけられたはずの時間はほとんど残っておらず、残業はもはや当たり前。教師としての専門性も、授業力の向上も仕事において見出せないまま、悶々としてまた次の日を迎える。こんな日々の繰り返しで、かつての私は病んでいったのを思い出しました。
そこでは、大人側が恣意的に、あらゆる教育活動を子供達に課しているという状況がありました。

サドベリーの子供達を見ていると、子供への強制力を大人側が増していけばいくほど、子供達に本来備わっている好奇心や他者や自分自身への優しさが奪われていくのではないか、という思いに駆られることがしばしばあります。

学校に授業がないことのメリットがあった

サドベリーの生徒さんたちが、なぜこんなにも落ち着きと優しさに満ちているのかということを考えた時、「授業やテストがないこと」が大きく起因しているのではないかと思えてきました。
授業がないということは、他者との比較が起きづらいということだと思うのです。(ここでの授業とは、一斉指導型の授業を指しています。)
サドベリーでは授業やテストがないので、みんなで同じことを一斉に行うという活動が授業やテストのある学校に比べて圧倒的に少ないです。
つまり、自分と他者を「能力」という視点から見つめる機会が少ないので、競争心が湧かない、湧きようのない環境がそこにあると言えます。
私は、サドベリースクールと多くの公立の小学校との決定的な違いは、この「競争心を煽らない環境があるかどうか」だと思います。競争心によって子供のやる気を出させるのは、非常に安易なやり方です。しかし、この競争によって、つまり他者との比較によってしか自分を鼓舞できない子供、というのはあまりに不幸だと私は思うのです。自分のことをあまりに知らないし、自分という一番大切な存在に目をむけ、心を配る“ゆとり“すら奪ってしまうのが過剰な競争心だと思うのです。

まとめ

今日は、サドベリーでの生徒さんたちの様子を通して、学校にあるべき自由や、加減を考えるべき強制力、競争心について自身の考えを書きました。これからも少しずつ自身の経験から、将来どのような小学校があれば子供たちは幸せなのか、というテーマのもと、発信を続けていきます。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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