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少しヤンチャな父と優しい母の子に産まれて、幼稚園卒園まで。

皆さんイイネありがとうございます。
さて、夜な夜な、初回を書かせていただきます。

ダウンタウンの1つ年上、寅年生まれの両親の元に産まれました。
父親は尼崎出身で、それこそダウンタウンの住まいと近かったので、どこかでダウンタウンとすれ違っていたかもという妄想をよくしています。

同級生の両親は高校生の頃に出会いまして、きっかけは、どちらかというとヤンチャをしていた父親が、母親の中学生の卒業写真を見て一目惚れをして、他校に乗り込んで猛アタックした末に付き合うという流れだったらしいです。まるで漫画の様。
勉強は出来なかった父親でしたが、母親の「せめて大学を出てから結婚」という想いを汲んで、大学卒業後に結婚。

父親は自動車販売の営業マン。
母親は働いていましたが、父親の「母親が仕事関係で悩む姿を見たくない」という理由で、専業主婦をして欲しいとお願いしたらしいです。
以降、僕が大学生になってからの“ある出来事″が起こるまでは専業主婦を貫いていました。

3つ上の気の強い姉がおり、お姉ちゃんには逆らえないという構図が小さい頃から出来上がりました。

特に母親の愛情を受けて育った記憶のある僕。
年中の年から幼稚園に入園することに決まりました。

最初は母親と離れることが嫌で仕方なかったのですが、徐々に幼稚園にも慣れてきて、行くのが楽しくなってきたのを覚えています。
山の中にある私立の綺麗な幼稚園で、門から教室までのそこそこの坂があるのが印象的。
その坂での泥団子レースが流行って、その記憶が残っています。
幼稚園の時は、自己肯定感の高さがMAX。
それこそ足も早くて跳び箱も得意。スポーツも周りよりできるし、発表会では主役を志願。
友達にも恵まれ、「ああなんて楽しい毎日なんだろう」と感じていました。
幼稚園の先生からは、「優しい子」「周りに友達がいつもいる」とよく言われていました。

唯一悲しい記憶があるのが、園長先生の死。
幼稚園内でお別れ会をした記憶が脳裏に刻まれています。
ああ、人って死んじゃうんだ。
みんな泣いている。僕もなんか悲しいな・・・。
そんな気持ちになった出来事でした。

色んな出来事がありましたが、基本的には楽しく、世界の主役は自分!な、日々が続いたまま、小学生になります。

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