【コロナ禍を乗り越えて ─ S君との4年間】

「約束だ。いつか見に行くからね。」
 4年生のS君との約束を果たしに、彼の選手生活最後の試合を見にいった。S君は学部時代のクラスメイトの息子さんだ。地方在住の親の代わりに、年に2,3回食事をしながら大学生活の話を聞いていたが、競技者としての姿を見るのははじめてだ。コロナ禍で制限された大学生活の前半、怪我による手術とリハビリ、研究室に所属してからは離れたキャンパス間を行き来する生活。その時々に話を聞いていたが、4年間で多くの時間を過ごしたその器械体操場と彼の競技を見たことがなかった。

 僅差でインカレ1部昇格を逃して号泣したという選手たちは、今日は笑顔で「部内戦」(対外試合ではなく、部内を3つのチームに分けての試合)に臨んでいた。S君は床と吊り輪に出場する。吊り輪では高難度の降り技に挑むという。この体育館では誰も挑んだことない難度の技だという。プログラムの最後は4年生たちの演技である。S君は吊り輪をしっかり掴んで演技が始まった。転わる、止まる、倒立、また転わり、静止、そして、大きく回転してフィニッシュに入る。S君は確かに足から着地した。そして、転んで起き上がった。「S〜!S〜!S〜!S〜!」と部員全員からの声が体育館に響いた。

 降り技が成功したのか失敗だったのかは素人目にはわからなかった。S君の怪我は吊り輪の練習中だったという。最後の演技でその吊り輪を選び、自分史上最高難度に挑んだ。これは彼の成長が続いていることを証明しているように思えた。演技を終えて仲間たちの輪の中に入っていった。彼がどのような表情をしているのか、観客席から見えなかったが、笑顔であったに違いない。いい仲間を得た4年間だったことがわかった。

 コロナ禍がなければ、このようなS君との付き合いはなかっただろう。彼の選手生活の区切りに立ち会って、「”私のコロナ“も終わりを迎えている」という気持ちが湧いてきた。もう過去のこととして忘れていたコロナ禍の日々。それを乗り越えてゴールに至ったS君と同じく、次のステップに進んでいこう。そのように思いながら、秋晴れ空のもと、帰路についた。

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