『劇評家の椅子』 渡辺保 【うちの本棚】#歌舞伎
読書感想でなく、本棚にある歌舞伎関連書籍について、どんな本なのか記録しつつ紹介するものです。
基本情報
特徴
1995年〜1999年の歌舞伎の劇評や、過去に出された著者による文章を集めたもの。3つの章に分かれている。
Ⅰ 歌舞伎ことはじめ…なぜ歌舞伎は「女形」なのか、といった歌舞伎の基本事項に関する章。
Ⅱ 劇場にて…1995年〜1999年の劇評の章。
Ⅲ 芸と型と役者と…歌舞伎の変化と観る側に必要とされるもの、「芸、型、役者」と「演技、演出、俳優」とはどう違うか、という章。
挿絵や写真は基本なく、文章のみ。
その他
第三章『芸と型と役者と』は、本気で歌舞伎を見る人向けの内容。
「歌舞伎様式美論」への考察、は歌舞伎がかつて持っていた悪魔的な魅力と、それを失った現在の歌舞伎から我々が何を受け取るかについて述べられている(のだと思う)が、正直、かなり内容が難しい。
読み始めて早々に、すみませんわたしはそこまで深く考えて見てないです、と逃げたくなる。しかし、少し耐えて、河竹黙阿弥が描いた社会劇の面、集団意識のあたりまで辿り着けば、俄然面白くなる。
その次に続く、「芸、型、役者」と「演技、演出、俳優」とはどう違うかという話は読みやすい。
実は娘に、「お母さんは(映画もドラマも)”役者”で見るよね」と指摘された。歌舞伎ではめずらしくない見方だけど、他の演劇では一般的ではないのかもしれない。でも別に歌舞伎以外に使っても悪くはない。
おそらくこの章も、そんな感じの内容。
第一章に入っている、市川新之助(13代目團十郎白猿)の初役の弁天小僧菊之助に関する文章は、(他の劇評家も新之助の良さを力説しているし)プロはわたしのような素人とは見るポイントが違うことが明らかで、興味深い。
こんなふうに深くたくさん歌舞伎を見られる環境の人は羨ましいなぁ、と感じるし、結局のところ、そういう環境と教養がなければ、劇評家にはなれないのだろうな、と遠い目になる。