芸談が苦手な人にも◯。 『平成の芸談 歌舞伎の真髄にふれる』 犬丸治
2018年12月発行。
平成(1989-2019年)の30年間の歌舞伎役者の芸談を集めたものである。
芸談集というと、名優の芸談を載せつつ随所に「彼らに比べて現在の役者は…」と厳しい意見が挟まるものもあり、苦手に感じることがある。
その点、この本は現役バリバリの役者の言葉も多く含まれていて、「それに比べていまの役者は…」が、少なめである。
玉三郎、仁左衛門、菊五郎(7代目)、團十郎白猿(芸談の当時は新之助)など、いまもまさに舞台に立っている人、亡くなっていても記憶に新しい人の芸談なので読みやすい。
もうひとつ、読みやすいのが、芸談の中に出てくる狂言(演目)のあらすじ説明。
芸談の多くは、ある演目に臨む心構えや、先輩から役を教わったときのエピソードなので、登場する演目や役を知っているほうがいい。
このあらすじ説明が、どれも約130~200文字(3〜5行)とコンパクトなのに、演目や役の特徴をしっかり掴めるものになっている。
芸談と、周辺情報のバランスが心地よいので、するすると読めるし、この本を読んだあとで実際の演目(役)を観たら、感じ方がどう変わるだろうか?と楽しみになる。
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本の感想から少し離れてしまうが、わたしはいわゆる芸談集を読むのが苦手だ。
「昔は良かった」がついて回る(ように感じる)せいだと思う。
わたしが歌舞伎を観始めたとき、9代目(團十郎)、6代目(菊五郎)、15代目(羽左衛門)はすでになかった。
彼らがいかに偉大で、芝居が素晴らしかったか、彼らの言葉が的を射ていて、彼らに比べ現在がどれほど足りないか。
それを並べられても、それは例えばレストランで、「きみが生まれる前だったが、閉店したあの店のオムライスに敵うものはない」、と言われている気分。
わたしは目の前のオムライスも、作り手さんも好きなのだが、どうしたものかなぁと思ってしまう。
前の感想と重複してしまうけれども、この本は「昔は良かった」よりも、歌舞伎は現在進行形で未来も面白い、という形なので気持ちよく読めたのだと思う。
ちなみに、年を取って歌舞伎を再び観始めたことで、分かったことがある。
もしもわたしが「昔のほうが良かった」と感じても、それは全くアテにならない、ということ。
20代に比べて感覚機能は確実に衰えている。記憶力も目も耳も、たぶん心も鈍っていて、以前ほど多くのものを舞台から受け取れない。
しかし一方で、家族を持ったり、人の命がいずれ尽きることを身近に知り、以前よりも深く感じられる部分もある。
歌舞伎を観る自分の側が、大きく変化しているのだから、「◯◯のほうがよかった」という考え方には気をつけようと思うこの頃である。
お読みくださって、ありがとうございました。