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『二代目 聞き書き 中村吉右衛門』 【うちの本棚】#歌舞伎
読書感想でなく、本棚にある歌舞伎関連書籍について、どんな本なのか記録しつつ紹介するものです。
基本情報
タイトル:二代目 聞き書き 中村吉右衛門
発行(奥付の初版の年を記載):2016年 ※毎日新聞の連載に加筆したものが2009年に刊行された。文庫化にあたってさらに加筆
著者:小玉祥子
出版:朝日文庫
表紙
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特徴
毎日新聞に連載したものへ加筆して刊行されたのが2009年。7年後の文庫化にあたって、それ以降から2016年までが書き加えられている。
二代目吉右衛門について子供の頃の話から60代まで、聞き書きの形。役の話から結婚といったプライベートの話まで広い。
1948年から2016年まで、演じた役の年譜つき。
本書の中に、東京の歌舞伎界では「二代目」と言えば二代目市川左團次をさす、と書かれている(中村吉右衛門による「序」)。
なお、歌舞伎の世界で、「六代目」と言えば六代目尾上菊五郎、「九代目」と言えば九代目市川團十郎。「十五代目」と言ったら…市村羽左衛門だろうか片岡仁左衛門だろうか!?
本のタイトル『二代目』には、吉右衛門がどれほど認められた存在であるかを感じるし、祖父であり養父初代吉右衛門の芸を継承してきた重圧が漂ってくる。
その他
わたしの思う吉右衛門は、芝居に大きさがあっていかにも頼りがいがある。顔つきから何から、これぞ歌舞伎役者というど真ん中。
ところが本の中の吉右衛門は、祖父(初代吉右衛門)の養子となってプレッシャーに苦しみ、追い詰められて逃げようとした時期もあり、痛々しいほど繊細な孤高の努力家である。
舞台で見る、あのどっしりとした吉右衛門の姿は、絶えない脂汗の上に出来上がっていたのか。
155ページは「声」に関する話。吉右衛門の大きな魅力である声は、若い頃は悩みで、それを鍛錬で覆したことが語られている。
吉右衛門は言葉のない、感嘆の声もたいそう巧い。
たとえば《松浦の太鼓》。松浦の殿様は、赤穂浪士がなかなか討ち入りしないことに焦れて不機嫌だが、宝井其角が、赤穂浪士の大高源吾とやりとりした句について話して屋敷を辞そうとすると、「…ううん!? 待て待て待て其角」と気を変えて呼び止める。この音の高く短い、「ううん!?」の声。
あるいは《平家女護島》の俊寛。少将成経に恋人が出来たと聞くと「おおお、うんうん」と声で促す。そして、酒と盃がなくとも、貝殻に湧き水で充分だという千鳥の言葉に、心を打たれて声を漏らす。
こういう細かいひとつひとつが、痺れるほど素敵だった。それは、声が悩みだったからこそなのだろうか。
『二代目』を読むと、悩みだ弱点だと感じて吉右衛門が克服してきたことの数々とそのストイックさに気が遠のく思い…というかそんなに自分を苛めなくても!という感じだが、これほど血と汗を絞った芝居を、劇場で直に観ることができていたのだと考えると、なんと贅沢だったのだろう、と思う。