見出し画像

【ちょっと予習】歌舞伎『摂州合邦辻』

2024年9月、歌舞伎座は「秀山祭九月大歌舞伎」。
昼の部には『摂州合邦辻』がかかるので、予習しました。
(ちなみに「研の會」も合邦です)

📖今も残る合邦辻

『摂州合邦辻』(せっしゅうがっぽうがつじ)。
安永2(1773)年2月、大坂で人形浄瑠璃として初演。上下巻の時代物で、作は菅専助、若竹笛躬ふえみである。

通称「合邦がっぽう」。しかし、合邦はパパの名で、主役は娘の「辻」のほう。

浄瑠璃は、歴史的な建物について、「昔こんな出来事があったとか」と語るのが基本形のため、この物語にも、舞台となった閻魔堂がある。(物語は、事実というわけではない)

年代の近い1771年、『妹背山婦女庭訓いもせやまおんなていきん』が人形浄瑠璃で初演され、その年のうちに歌舞伎でも上演された。

Wikipediaに「人気演目」とあるので、『摂州合邦辻』も1773年に人形浄瑠璃で上演されて即座に歌舞伎になったのかな?と思ったら、そうではないらしい。

『歌舞伎事典』では「本作が歌舞伎化されたのは幕末らしい」とある。

『カブキ101物語』では、
「安永2(1773)年に人形浄瑠璃で初演されてから、天保年間(1830~)になるまでなぜか半世紀以上も歌舞伎化されることがなかったらしく(略)つまり大舞台で洗練されてさらに明治の9代目團十郎らによる演出の整理を通過してきた演目ではない(略)」
とある。

そんな『摂州合邦辻』、いちど観たら忘れない、インパクトのある話である。

📖あらすじ、相関図

今回上演の「合邦庵室がっぽうあんじつの場」にいたるまでの展開は以下。

河内国の城主 高安左衛門尉の奥方、玉手御前(本名:辻)。
もとは腰元として奉公していたが、正妻が亡くなったので後妻になっている。
城主の高安左衛門尉には、2人の息子がいる。玉手にとってはどちらも継子

一人は亡き正妻の子、俊徳丸しゅんとくまる
もう一人は側室の子、次郎丸。

年齢は次郎丸が上なのだが側室の子ということで、家督は正妻の子である俊徳丸に譲られることになった。
ところが、次郎丸が俊徳丸の命を狙っていることを、玉手は知ってしまう。

住吉詣のとき、玉手は俊徳丸に神酒みきだと酒を飲ませ、恋を告げて迫る
実は飲ませたのは毒酒で、俊徳丸は病で目が見えなくなってしまう。次郎丸に家督を譲ると書き残して俊徳丸は家出。

許嫁の浅香姫は、俊徳丸を探し出し、ともに過ごしている。
次郎丸が差し向けた討手に襲われた俊徳丸と浅香姫を助けて匿うのは、合邦がっぽうという出家の男。
実は合邦は玉手の父親。もとは武士なのだが、人の讒言にあって現在は出家している。

『摂州合邦辻』前半のあらすじ

「合邦庵室の場」は、俊徳丸と浅香姫が匿われている合邦の家に、人目を避けて玉手がやってくる…というところから始まる。

24年9月の公演チラシと、チラシアーカイブなどから、相関図を作ってみた。

『摂州合邦辻』相関図

*中村米吉の浅香姫と、上村吉弥のおとくは9月のチラシに役の画像がなかったため、過去のチラシアーカイブから似たものを使っています。
(片岡愛之助の画像は9月チラシから取ったけれど、俊徳丸でなく他の役の画像で代用している気がする。『俊寛』の康頼かな…。)

きちんとした解説も歌舞伎演目案内『摂州合邦辻』にあります。

死んだと思っていた娘に会えたことを、おとく(合邦も心の中で)は喜ぶが、玉手がここへ来たのは、俊徳丸がいるのではと思ったから。
不義だなんて嘘だよね、と問う母に、玉手は、どうしても俊徳丸を諦められないという。

インパクトがある、と書いたのは、相関図でいえば、③の玉手から俊徳丸への恋の部分。

城主の妻という立場にありながら、継子に言い寄るという所業に、頑固一徹な合邦は激怒。しかし玉手は、まったく気にしない。

俊徳丸が、病でこの身も不自由になった今ならば、母上も心は離れたろうと言っても、玉手は「自分のせいでそのような様子になったと思えば、なおいっそう愛おしい」と迫る。

激しく燃える玉手の目、俊徳丸へ飛びかからんばかりの恋の様子は、ドロドロの昼ドラみたいな展開である。

ここが盛り上がることが、このあとの展開に必要なのは間違いない。
だから、ここの玉手は他の演目ではお目にかかれないくらいパンチの効いた恋狂いなのだが、おそらく、そこばかりを観る演目ではないのだろう。

📖4人の玉手

玉手(本名:辻)には、4つの女性像が包まれている。

①妻の姿。腰元だったのを、城主に望まれて正室 玉手御前となった。
②母の姿。玉手自身は20才前後だが、正室になったからは、次郎丸と俊徳丸は息子にあたる。お家の家督をめぐる争いに、母として向き合う。
③恋する乙女。1〜2才年下の俊徳丸への過激な恋…?
④娘の姿。優しい母と、信義を貫いて武士を辞めたほどの厳しい父を持つ。

仰天の恋狂いから、手負いになり、1枚、また1枚とベールを脱ぐように、玉手のそれぞれの姿があらわれてくる。

そして、毒酒による俊徳丸の病を治すには、「寅の月、寅の日、寅の刻」に生まれた女の血が必要。娘の過酷な運命、巡り合わせに驚き嘆く、合邦とおとく。

義理の間柄ゆえに、真の身内以上に尽くさねば伝わらない。

そういう感覚も、こう極端だと正直、理解しにくい部分もあるが、実際の舞台で観ると、また違うのかもしれないと期待している。

人気演目とは言いながら、歌舞伎公演データベースを見ると、歌舞伎座では2015年5月以来の上演。ぜひこの機会に観ておきたい。

…なお、歌舞伎公演データベースで「合邦」とのみ検索すると、絵本合法衢えほんがっぽうがつじが先にヒットするけれど、そちらは鶴屋南北作の仇討ちもので、別の狂言です。

📖おまけ (本家の玉手もすごい)

youtubeで、文楽の「合邦庵室の場」を見ることができる。
ライバル浅香姫をボカスカ殴る玉手が、いっそ気持ちいいが、さすがに人間でこれはできない。


📖参考書籍

  • 歌舞伎事典(平凡社)

  • 歌舞伎見どころ聞きどころ

  • カブキ101物語

  • 文楽ナビ

  • 名作歌舞伎全集 第4巻

  • 古典文学体系99 文楽浄瑠璃集

  • 歌舞伎オン・ステージ15