50歳の顔にはあなた自身の価値があらわれる【シャネル哲学 ココ・シャネルという生き方 / 山口 路子 】
「五十歳の顔には、あなた自身の価値があらわれる。」
(↓以下、本文から引用させていただきます)
「二十歳の顔は、
自然がくれたもの。
三十歳の顔は、
あなたの生活によって刻まれる。
五十歳の顔には、
あなた自身の価値があらわれる。」
ワタクシ、現在レベル52。
この言葉を読んで、
一瞬たじろいでしまう・・・。
「大丈夫か・・・!?ワタシ・・・!」
・・・と同時に、
二十歳の頃の自分と会えたとしたら、
「50代、そう悪くもないんだね」
って、ちょっとは安心してもらえるんじゃないかな、と思ったり。
確かにね。
肌のハリとかツヤとか、
シミとかシワのなさとか、
保湿能力の高さとか、
(恨みがましくずいぶんあるな、おい・・・)
瑞々しいお肌の条件があるとしたら、
20代には敵わないだろう。
でも、
二十歳の頃のワタシは、
今より全然
人生を楽しめていなかったの。
学生の自由な一人暮らしを終え、
ホントは住んでいたかった土地から
半強制的に実家に戻り、
(ホントは選べたはずなのに、
〝選ぶ〟という自由を手放した自分のせい)
不本意ながら田舎に戻ってきてモヤモヤ・・・。
モヤモヤしたものを抱えながら社会人生活が始まって、
まだ〝やりがい〟と呼ぶには程遠いながらも
右往左往する日々を送っているうちに
自分のあり方、なんて
考える暇もなく日々は過ぎていき・・・。
「戻れるなら何歳に戻りたい?」
今、その当時からするとかなりオトナになって、
時々こんな質問に遭遇すると
ハタと考えたりするわけです。
「戻れるなら、何歳に戻りたい?」
んー・・・。
戻りたい、
・・・かなぁ?と。
ワタシは割と、
どこにも戻りたくない派、かもしれません。
勉強が好きではなかった10代に戻る気はさらさらないし、
クサクサしていた20代にも戻る気はない。
「20代でやり残したことがあるんじゃないか?」
「自分は人並みに幸せか?」
「適齢期のうちに結婚できるか?」
「40代になったらもうおしまいなんじゃないか?」
・・・常にそんな自分がウロウロしていた30代も、
今思うとなんだか潔さに欠けて
その自信のなさでもがいていた自分が
哀しくもちょっと愛おしい・・・
でも戻りたいとは思わない。
40代は、
良くも悪くも開き直って生き始め、
余計なものを削ぎ落としていいことを知り、
また、
己の価値観だと信じて疑わなかったものが
実は人の受け売りだったことに衝撃を受けたりしながら
また一から価値観の棚卸しを繰り返しているうちに
だんだん楽しくなってきた。
そして、50代。
今が一番楽しい。
そんなこんなで、
年を重ねるのも、
そんなに悪くないな、
って思う今日この頃で
この本を読みました。
50代でなんとなく達観したような気になっていた自分が
途端に小っ恥ずかしくなる!!
「50歳なんて、
まだまだひよっこだわよ、
あーた!!!」(byシャネル)←言ってない
人生折り返し・・・次は一本筋の通った生き方を
シャネルは、
亡くなる直前まで、
仕事も、
人生も、
女性としての生き方も、
現役そのもの!!
颯爽とした女性のファッションの代名詞、
みたいなブランド名としてのCHANELじゃなく、
CHANELという一人の女性として
自らのポリシーに最後までこだわり続けて築き上げた人生。
達観するとか、
まとめに入るとか、
そんな概念は必要ない、
いつまでも「今を生きる」を続けている。
背筋がぴーんと伸びる思いでした。
一本筋の通った生き方。
その人生を閉じる時に
初めて答え合わせが出来るのだろうけど、
そのためには
「今の自分が最高に好き」
を愚直に積み上げていくしかない。
「五十歳の顔には、あなた自身の価値があらわれる。」
その価値判断ですら、
人に委ねてはいけないのだ。