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第18話 壇ノ浦で舞った男

期待していた、藤平太が出てきた伏線回収の里芋の恩返しもあって良かった
今回の大河ドラマは、あっけなく消えてしまう登場人物が多くて、
しょうがないことなのですが、「えぇ~!」と思うことも多くありました
例えば、工藤茂光(米本学仁さん)は、あっけなかったです
(個人的にビックリしてしまいました)
それに比べて藤平太は第8話(2月27日)に登場。平泉から鎌倉に向かう
途中の義経たちに腰越で里芋煮を振る舞っただけで、
義経は「この恩、決して忘れぬ。必ず、また戻ってくる。荷車いっぱいに芋を積んでな!」って話がありました

義経・腰越と聞いただけで、
「あぁ~頼朝の命で鎌倉入りが出来なかった話」がピーンとなった方も
いらしたと思うのです
藤平太が第8話で登場した時に「もしかしたら・・・」と思いながら、
10話たった18話で登場した瞬間は予想通りで
気分が高揚した方もいらしたかも・・・いらしたら嬉しい

ご存知の方も多いと思いますが、1話完結の
水戸黄門
暴れん坊将軍
遠山金さん・・・これしか出てきませんでした
他にもたくさんあるのに・・・
大体、最後は決まってるじゃないですか?
パターン通りに主人公が動くと「ほらきた!」なんて思い
予想通りに話が進むとワクワクして安心感を得ることが出来ました
裏切られないパターンって、わかっていても気持ちいいですよね

小学校の頃の私の話ですが、生まれた時から日本という国に生まれ育って
いるので、何も考えることなく玄関で靴を脱いで家に入ってました
そんなの、当たり前でしょう?
そう、思いますよね。それが当たり前の環境で育ってました
(今でも玄関で靴を脱ぎますよ。誤解しないでくださいねw)

そんなある時、両親が厚木ベースに知り合いが出来たらしく、
英語や海外との生活様式を体験して欲しかったのでしょう
私も一緒にお子さんのいるご家庭に招いてくださいました
奥様が日本人だったので、少し安心していたのですが、
玄関で靴を脱がないのですよ

玄関で立ち止まってしまった私に奥様は
「戸惑うよね。靴のまま入れる?」と聞いてくださいました
こう見えても・・・って見えないですよねw
意外と強がりで、なじめない自分に問題があると考え
「大丈夫です」と答えたことを覚えています

当然ながら、そのような文化があることは知っていました
思考は理解してるのです
しかし、感情がどうしたら良いのか戸惑ってしまい
違和感を感じて行動に移すことが出来なかったのです
まぁ~先方にも子どもがいらしたので、言葉なんて2の次ですよ
楽しく遊びました

小学校の頃の話なので、当然忘れています
思い出したのは、3.11のボランティアの参加でした
大槌町に行ったのですが「ヘルパー」であることを前面に出した
実は「カウンセラー」として参加したのです
ちなみに、わたくし一応、介護福祉士を持っている訪問介護士でした

数名がチームとなり、私は被害に遭われたお宅にお話をお伺いして、
その間に他の方がどんな支援ができるのか?
元の電話番号を今まで通りに使える手続きをしていました。
お話をお伺いしている間に「家の中をみてくれよ」と言われ
一緒にご自宅に入ることになったのですが、
入り口は、玄関からですが靴を脱いで入るにはケガをする
恐れがあることは見ればわかる状態でした
「危ないから、靴ではいってね」思いやりのあるお言葉を頂き、
靴で入りましたが、板の間の廊下から台所へ
ここまでは、「しょうがない」と思えたのですが、居間に入ると
なんと、畳なんですよ

「畳の上を靴で歩く」さすがに私は経験したことがありません
私の当たり前が通じなかったのです

私の中で小学生の時に靴で知り合いのお宅に入れなかった時の
解決していない感情に戻ってしまいました
これを交流分析では「輪ゴム」と言うのですが、
瞬時に過去の感情に戻されたのです

とは言え、畳の上を歩く「今、ここ」の私は大人なので、
ついてこない感情を振り払って違和感とともに靴のまま畳の上を歩き
思いで話を当時の話を聞かせて頂いてました

いつのまにやら身についている、当たり前
いつのまにやら身についている、予想通り
いつのまにやら身についている、あなたの価値観
いつもと変わらず過ごせれば、全く問題がなく不安もない

では、義経はどうだったでしょうか?
義経は
「義仲も死に、平家も滅んだ。この先、私は誰と戦えばよいのか。
私は戦場でしか役に立たぬ」

今までの当たり前がなくなり、それさえ完全にこなしていたら、
問題のないのが当たり前だった今までとは違う、この先の人生を
どう過ごせば良いのか「恐れ」を抱いたことでしょう

幼い頃から、いつの間にか身につけた当たり前をくつがえされることは、
戸惑い、焦りを感じ不安を持ち続けたことでしょう
私は、義経の「私は戦場でしか役に立たぬ」に凝り固まる前に
他の才能があることに気ついてくれていたら・・・と思えました

だって、平宗盛と息子の清宗を最後に親子でゆっくり話ができる
手配すらできたんですよ
義経が父親と話したかったことを投影したのかもしれません

ご自分がいつの間にか持っている当たり前は、あった方が良い時の方が
多いかもしれませんが、そこにとらわれてしまうと自分の生き方を
せばめてしまうかもしれません





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