ノーサイド精神とフォロワーシップ~橋本聖子会長就任で考えること
ノーサイドの精神とフォロワーシップ。
私は、青山学院大学で学部学生にワークショップデザイン実践を教えていますが、学生に必ずこのふたつについて話をします。
「ノーサイド」は、ひとたび戦いが終わったら、互いの健闘をたたえ合う精神を表す言葉として知られます。
「紳士のスポーツ」、ラグビーに語源があると言います。
さらに遡ると、キリスト教の教えに繋がっているという見立てもあるようです。
ところで、日本は「リーダーシップ」が足りない、などと言われます。
その通りかもしれません。
でも、同時に感じるのは、対になる「フォロワーシップ」の方が、もっと足りないのかもということです。
ここでのフォロワーシップとは、唯々諾々と従うということではありません。
「わきまえ」て口を開かないとか、そういうことではありません。
橋本聖子氏がオリパラ組織委員会の新会長に就任しました。
よく引き受けたなぁというのが最初の印象でした。ちょっと気の毒な感じも。
それくらい、たちまち多くの困難が待ち構えているポジションであり、悪くも良くも、「森喜朗流」のリーダーシップに率いられた組織を引き受けるわけですから、本当に大変です。
ここまでの経緯は、ほんとうにバタバタでしたが、やる・やらない、やるにしてもどのようにやるか、まずはそこの決断が重要な東京オリパラ。しかも残り時間は本当に少ない。
「森失言」によって顕在化した数多くの日本の問題点や課題を2週間ほどFacebookに投稿し続けました。
乞われて火中の栗を拾うことになった新会長の登場。バタバタのゲームは一旦「ノーサイド」。ここから再び新しいゲームが始まります。
私はオリパラについてはリーダーでも何でもありませんが、ここは橋本さんを応援し、より良い判断と行動がなされるためのフォロワーになりたいと思います。
それが世界からの信頼と敬意を得られる母国への道だと考えるからです。
チャレンジをせず、やらずに済ませれば一見何事もなかったように、目先の問題を最小限にとどめるように見えるかもしれません。私たちは、とかくそのように考えがちです。
ピーター・ドラッカーは、「現代の経営」の一節で「無難であることの危険」について述べています。
「やらない判断」の繰り返しで、日本はここまでチャレンジャー精神を失ったのだと思います。見えないところに、問題を積み重ねてきたと言わざるをえません。
「やる・やらない、やるにしてもどのようにやるか」は、政府や東京都、オリパラ組織委員会、橋本新会長だけの問題ではなく、私たちひとりひとりに突き付けられた問題だと思います。
世界との約束である東京オリパラ。
日本に何の責任もない新型コロナという自然災害のごときものに翻弄される中、問題をどうさばいて前進するかは、日本の未来を占うことでしょう。
さて、最後になりますが、私がなぜワークショップの授業でノーサイド精神とフォロワーシップの話をしているか。
授業の中でワークショップと対置するコミュニケーション手法として、欧米型のディベートを取り上げているのですが、そこでのキーワードがノーサイド精神とフォロワーシップです。
よく、日本人はもっとディベートの訓練をすべきだという声を聞きます。
ご案内の通り、ディベートはある命題に対して、対立する立場のチームに分かれて参加者の「本当の考え方」とは無関係に相手を論理的に論破する「ゲーム」です。
ゲームなので、終わればノーサイド。もとより自分の本当の意見ではないという前提があるわけです。でも、これが実践の議論の際のベースになっている側面もあろうかと思います。
ディベートと言うゲームのトレーニングを積むことは、(欧米的な、従来型の)リーダーへの道に繋がっていると思うのです。「本番」でも、ディベート的に議論し、結論が出ればノーサイドとして共通のゴールに向かう。(もちろん、それだけではないことは承知していますが、シンボリックに分類すればということで。)
これに対して、私たち日本人は総じて論理的ではなく(決して良い事だとは思いませんが)、同時に「ノーサイド」と、すっきり忘れられないこともしばしばです。公開の場でバチバチやり合うと、感情的にわだかまりを残してしまう。
それに対して、意思決定と合意形成、実行フェーズでのリーダーシップの発揮、協働のためには、コラボレーション型のリーダーシップ(いわゆる「サーバント・リーダーシップ」)と良いフォロワーシップを形成することができるワークショップ型のコミュニケーションが優れていると考えます。
私は「ワークショップ型」のコミュニケーションが日本人に向いていると、ここ15年くらいあちこちで話をしてきました。
もしかしたら、私たち日本人(←あえて「属性」で言います)は、自分たちが忘れっぽい国民性を持つと信じているから、忘れてしまわないうちにあら捜しをするのかもしれません。
でも、あら捜しをして「足を引っ張る」せいで、決断を鈍らせたり、明確な判断を妨げてその後の迷走につながります。
誰もやりたくない仕事にあえて身を投じた橋本新会長。
頑張っていただきたいです。応援しています。(ちなみに、一面識もありません。)
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