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「紫雲丸沈没事故」をキッカケに始まった学校プールでの水泳学習のこと。

「子どもたちにライジャケを!」「ライジャケサンタ」です。

今日は「『紫雲丸沈没事故』をキッカケに始まった学校プールでの水泳学習のこと。」というお話。


みなさんは「紫雲丸沈没事故」をご存じでしょうか?


「紫雲丸」は、香川高松と岡山宇野を結んでいた連絡船。「ライジャケサンタ」は香川高松在住なので、こちらに来てからこの「紫雲丸沈没事故」についての話をよく聞くようになりました。香川高松の方々にとっては、最近まで連絡船があったし、明石海峡大橋や瀬戸大橋がなかったころは、本当に大切なものだった・・・ってことも、よく聞かせてもらっています。その、大切な航路で起きた事故なんです。


「紫雲丸」は、1947年に就航し、1966年まで運航されていました。実は、この「紫雲丸」。就航から5度の事故を起こしているのですが、今回話題にする「紫雲丸沈没事故」は、最大の被害を出した1955年(昭和30年)5月にあった5回目の事故のことです。


1955年(昭和30年)5月11日、「紫雲丸」は、高松沖にて「第三宇高丸」と衝突して沈没。修学旅行中の児童などを中心に死者168名を出したという凄惨なものでした。

NHKアーカイブスに、当時のニュースの映像が残されています。


この事故、衝突から沈没までは数分だった・・・と言われています。救命胴衣も全員にいきわたらず、船員が配布したものがあっても使い方が分からなかったり、着ける暇もなく沈没してしまって、亡くなってしまった子が多くいたそうです。


「紫雲丸沈没事故」で、たくさんの児童がなくなってしまったことをきっかけに全国的に「水泳学習」の必要性が謳われるようになり、全国の小中学校にプールの設置が進み、小中学校の体育科目で「水泳」が必修となった・・・という経緯があります。

おそらく、プールでの「水泳」の学習のおかげで、泳ぐ・・・ということについて学ぶことができた人は、ボクも含めて本当にたくさんいると思います。こういった歴史があること、できればたくさんの方に知ってもらいたいな・・・と思います。


義母から聞いた話ですが、この事故が起こってから、香川高松の小学生の修学旅行は連絡船を使わないで四国のみ・・・ってことになっていたようです。ボクの近所の方に聞いてみると、1970年ごろまではそれが続いていたようなので、約15年も小学校では連絡船を使わなかった・・・ということになります。


それほど、大きな事故だったんですね。


「紫雲丸沈没事故」からスタートしたと言われている「水泳」の学習。最近では、プールが設置されていない学校があったり、水泳学習を民間委託したりしている・・・といったような話も聞くことがあります。学校の先生の負担軽減や、コスト削減のため・・・という理由。


しかしながら、家庭では、水になじみのある家やそうでない家があり、子どもたちの環境は様々。なので、できれば水辺の安全や「ライフジャケット」のことについて、学校でみんなが学べる・・・といった「紫雲丸沈没事故」の教訓を生かした、プールでの水泳学習ができる環境は大切にしていってもらいたいな・・・と個人的には思っています。


平成29年改訂の小学校学習指導要領では、水泳学習に「安全確保につながる運動」が新設されました。文部科学省のホームページにも、水泳運動の「安全確保につながる運動」の指導について、泳法指導だけでなく泳ぐことよりもまず、浮くことを大切して指導する・・・ということについても言及されています。

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泳法の指導もそうですが、浮くことについても、それなりのスキルが必要になります。中には、水泳が苦手な子もいると思います。なので、ぜひ、学校でも水辺では「ライフジャケット」を着ることで安全性が飛躍的に向上することや、水辺のリスクについての学習を取り入れていってもらえたら・・・と思っています。


水に入らなくても、教室で学ぶ・・・ってこともできます。「日本ライフセービング協会」さんが、「E-lifesaving」として「守ろう!いのち 学び合おう!水辺の安全 Swim&Survive」という素晴らしい教材を作っておられるので、こんな教材を使って学ぶこともオススメ!


「紫雲丸沈没事故」のような事故が2度と起こらないように、事故のことを忘れずに、ちゃんと教訓を生かし、大人としてできることをしっかりとやっていければ・・・と思います。


思いはただ1つ・・・子どもたちの命を守ること。

「子どもたちにライジャケを!」
http://lifejacket-santa.com/








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