見出し画像

悲しい という感情を味わいきる

瞑想から感じること

悲しいを感じきる

4月24日から毎朝瞑想を始めた。
仲間と一緒にZoomでの瞑想なのだが
感じ方も浮かんでくることも
そのあとの気づきも毎日違う。


今日は瞑想中に涙が止まらなくなった。


ある人が
私のところから離れていった(と私は感じている)
本当かどうかはわからないが
1年前くらいから、じわじわ感じていた。


SNSなど
共通の友達が多いと
他の人の投稿にその人がコメントを
書いていることを見かけることがある。


そのコメントを見て
モヤモヤしている自分に気づき
今日の瞑想中そのモヤモヤの奥にある
ある気持ちに出会えた。


離れていく寂しさ、
こっちを向いてもらえない寂しさ
私のどこがいけなかったんだろう?という自己否定
自分を責める気持ち。

 

浮かんでくるもの
どれもが”悲しいね”という感覚。


「寂しさに執着しなくていいよ」
離れていく人は
もう波長(周波数)が合わなくなったり
ステージが違うから
そこに囚われないでと言ってる
もう一人の私の声。


でも、悲しい というものは
何度も何度も湧いてくる。


羨ましいとか妬ましいとか
寂しいとか怒りとか・・・
そこから
どれも”悲しい”をいうものが
奥にあって
それを感じ切ったら


執着せずに、次にいけばいい。


悲しいを感じ切ったあと
自分への慈しみの言葉と
ねぎらう言葉が湧いてきていた。

画像2


わかっている、自分が自分の1番の味方
慈しみを感じ、癒された20分。


感情を吐き出す時間は
ジェットコースターのようで疲れるね。


でも、より内側からクリアになっていくことが
私の周りの人も幸せにできる。
それができる
そのステージになっていく
その種をもうすでに持っているから。

画像2

私という人間の形をしたものを使って
人を幸せにするのだから
いつもクリアでいたい。


今日の質問
あなたは、
どんな感情を味わいたいですか?

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?