夢を売る百貨店
2024年、かの有名な中国SF『三体』を読んでみるかと思い立った。それならまずは中国SFなるものを味見してみようということで、短篇集を手にとってみた。これが面白い。他の短篇集も…と手を出しているうちに『三体』が遠のく。
近所の図書館へ行き、いつものように次の本を選んでいたときのこと。中国文学コーナーを眺めて進むと、隣には韓国文学がある。好奇心には抗えず、そちらの棚も覗いてみることにした。そして目に留まったのが『夢を売る百貨店』であった。タイトルと表紙に惹かれて、気づけば数冊の中国SF短篇集と共に貸出手続きをしていた。
物語の中心となる舞台は、夢を売る百貨店ことドルグート百貨店。1階から5階まで様々な夢を取り揃えている。空を飛べる夢、有名人になれる夢……人間のためだけではなく動物たちのための夢まである。新入社員ペニーを取り巻く個性豊かな社長と各フロアのマネージャー、従業員、夢をつくる夢師たち、そして訪れるお客様たちとの優しくて心温まる物語である。
夢百貨店の顧客、支払いシステム、夢を売る仕組み、百貨店の外で働く不思議な生き物たち。まずその不思議な世界観に慣れる必要があるが、さほど労力はいらない。流れに身を任せるように読んでいると自然と物語に入り込めるし、実際に働くわけでもないから支払いシステムを細かく覚えなくともよい。不思議で、ふわふわしていて、優しくて、あたたかいその世界にいつの間にか魅力されてしまうのである。
特に好きなのは1年の最後に選ばれるベストセラー賞に関するストーリーである第6章。受賞の常連は、クリスマスの時期だけ夢をつくる夢師ニコラス。今年も彼が受賞するのではと囁く社員も多い中、ドルグートだけは違う。師走の忙しない日々を駆け抜けて展開を見守る人々と一緒に、思わず手に汗を握りながら読んでしまう。
たまたま見つけて、たまたま表紙が好みだったからあらすじも調べずに読み始めてみた本。こういう出会いがあるのは書店や図書館である。オンラインショップではなかなか難しい。AIによって表示されるおすすめは、その傾向が似たり寄ったりだ。調べなくともあらすじやレビューまで表示されてしまう。
中国文学を数週間借り続けていれば、おすすめは中国文学まみれ、あるいはSFまみれになるであろう。ふと視線をずらして見つけた韓国文学を、タイトルと表紙以外の情報なしに読んでみるという体験、そしてそれが面白いという経験はなかなかできない。
だから私は書店や図書館が好きである。
韓国文学もなかなかいいじゃない……ということで、次もまた何か読んでみようと思う。もう少しだけ、『三体』を読むのは先延ばしにしよう。