元気の出ない日にはクロワッサンとコーヒーを
前回は仕事帰りに寄り道をしてオムライスを食べた話だが、私はよく仕事の前にも寄り道をする。
東京で働いて暮らしていながら、私は人混みというものが嫌いである。毎日、平日休日時間帯問わず、都心はどこもかしこも混雑している。どこからこれだけの人がわいてくるのだろうかといつも思う。そんな私なので、通勤時間帯の満員電車ももちろん嫌いである。誰も彼もが先を急ぎ、自分さえ間に合えばいいとなりふり構わず足早に人々が往来する中に溶け込みながら、なぜ人はいつもこんなに切羽詰まって生きているのだろうと思う。すべての人が、時間とお金にもっと余裕をもてたらいいのに。
時折ギュウギュウ詰めの満員電車に嫌気がさして、少し早めに家を出ることがある。早めに出たからといって、職場で仕事をするほどのモチベーションは私にはない。朝早くから行ったところで給料は発生しないし、上司にやる気をアピールして媚びる気もさらさらない。
むしろ出勤前に寄り道をすることで「今日もいっちょやりますか!」と気合いを入れなくてはならないくらい、なんとなくメンタル的に微妙だなと思うときに、あえて早く出るのである。
会社の近くにあるパン屋がある。チェーンではないそのお店は、殊更早い時間から開店しているわけではないが、仕事の前にサクッと寄り道するにはちょうどいい時間と距離なのである。少し早く着いた朝、私はそこでクロワッサンとコーヒーを注文する。
もともとは『ヴァイオリン職人の探求と推理』という私が大好きな小説のシリーズで、主人公がホテルのカフェでクロワッサンとコーヒーで朝食にするシーンを読んだのがきっかけだった。読んでいたら無性にクロワッサンが食べたくなってしまった。単純なので、読んだ本や観た映画に食べ物が出てきて、それが入手可能なものであるとすぐさま欲しくなるのである。だからこのときも、会社付近にパン屋がないか調べて、ついでにコーヒーもないか調べた。ちょうどいい距離にちょうどいい価格帯のパン屋があったのはラッキーだった。
開店まもない時間帯、山積みのクロワッサンはほんのり温かい。サクサクふわふわのクロワッサンと、目覚まし代わりのコーヒーは絶品だ。たまには違うパンにしようかとも思うが、気づけばクロワッサンをトレーにのせてレジに向かっている。クロワッサンとコーヒーでないともはやダメなのである。
店内の席に座ると、ちょうどオフィスへ向かう人々の波が見える。優雅に朝を過ごしながら、せわしない往来を眺めていると、なんだか切なくなってくる。いつしか読んだ『モモ』を思い出す。皆、時間泥棒に時間を盗まれてしまったがために、余裕なくせかせかと過ごさざるを得ないのか。もっと余裕をもって過ごせたら、世の中がもっと良くなるんじゃないかなあと、虚しくも思う。鷺沢萠も『ケナリも花、サクラも花』で書いていた、「あと20%の想像力」をもつことができるようになるのではなかろうか。
テンションを上げるために寄り道したはずが、刹那的にそんなことを考えてしまう。否、私はこういう「考える時間」欲しさに寄り道をしているのかもしれない。忙しなく仕事に追われていては、思考も停止してしまう。せかせかと行き交う人混みの一部になりつつも、思考回路だけはそこに染まりたくはないなあと、常々思うのである。
余談:
私がクロワッサンとコーヒーに憧れた『ヴァイオリン職人の探求と推理』を含むシリーズについて、興味があれば下記の通り。クロワッサンとコーヒーのお供にぜひ。