P#11 黄色い3人
夏が終わっていく。
外遊びを禁じられたパムにとっては今年は長い夏となった。ようやく、外遊びも解禁である。
秋から冬へと季節が変わるまでの間、何度か外遊びを許してもらったパムは、使用人のリエベンとハンナの二人とともに季節の移り変わりを楽しんだ。
寒い冬がやってくると、また、パムの日常は主人からもらった分厚い革張りの本一色になった。
ところどころくしゃくしゃになったページがあるのは、パムの発見の軌跡だ。
夏の終わりから少しずつ増えていったくしゃくしゃのページを読み返しては、不器用に丸を付けたり、ラインを引いたりしてパムは春の訪れを心待ちにしていた。
それらのページがカラフルになってきたころ、鶯が春を連れてきた。
鶯の美しい歌声とともに静かな屋敷に柔らかな朝の日差しが届く。
夜明け前から働く使用人には、鶯の声こそ届かないが、ベッドから抜け出す時の億劫な気持ちが和らぐことで、春の訪れを感じるものも少なくなかった。
八歳になったパムも、毎日外に行きたくて仕方がない。
主人はいつも忙しく、最近は散歩すらする時間がなかった。主人が散歩にでれば一緒についていっては屋敷の周りの様々な春に触れることができるのだが、それすらかなわずパムは退屈で仕方がなかった。
そこでまた、おねだりだ。
今度は、庭でリエベンと本を読みたい、と父親である多忙な主人に頼むようになった。ボール遊びの時の同様、最終的にはリエベンの仕事に差し支えない昼過ぎにならよしということになった。溺愛するパムからのお願いは断れない性らしい。
そうなるともう、パムはうれしくて仕方がない。
早速次の日、お気に入りの空色のドレスに赤いブーツを履いて、身支度を整えようとした。しかし、ドレスもブーツもなんだかとてもきつい。
考えてみたら、ブーツは昨年の秋から履いていなかったし、空色のドレスも新しい年になって初めて袖を通した。
外はまだ肌寒い。ハンナは、深緑色のベルベットのワンピースをクローゼットから取り出し、黒いストラップの靴を準備した。タイツはいつもの白のタイツだ。
お気に入りをすべて否定されたかのようで、一瞬顔をしかめたパムだったが、空色のドレスを脱いでベルベットのワンピースに身を包んだ。
髪には赤色の大きなリボン。正面から見ても後ろから見てもリボンが見える。まるでその存在を誇示するかのように、そのリボンは堂々としていた。
アルベルトにリエベンを呼び出してもらうと、パムは薄いブルーの布を持って、屋敷前の庭へと早速出かけて行った。ハンナが慌ててあとを追いかける。
パムは本を左の脇に抱え、右手には布を持ってすたすたと歩いていく。途中、本が脇の下から落ちそうになって、ハンナをどぎまぎさせたが、パムは他人事のようにひたすら前を見てずんずんと進んでいった。
パムの右手からまるで川を流れる水のように、布がひらひらと舞っている。
ところどころ緑の新芽がのぞく芝に布を敷くと、パムはハンナに座るよう促した。
ハンナが腰を掛けると、パムは今度は急に駆けだした。目の前に咲いているタンポポに駆け寄ったのだ。そんなせわしないパムにハンナは常に気を緩めることができない。しばらくすると屋敷から駆け寄ってくる人影が見えた。
リエベンだ。
小走りに駆け寄る少年の顔はなんだかはにかんで見える。タンポポを摘んでいたパムはその手を辞め、リエベンに向かって右手を振り上げ、大きな声で「リーエーベーン!」と叫んだ。
パムとハンナのところまで駆けてきたリエベンは息を切らせて、帽子を取ると会釈をした。
「リエベン、さあ、ここに座って。あ、これね、きれいだからリエベンにあげる。はい。」
パムはそう言って今摘んだばかりのタンポポをリエベンに差し出した。
リエベンはこの屋敷に来るまでは働きながら学校にも通っていた。
学校といっても、町の教会で行われる日曜学校だ。字や単語はほとんど聖書の中から覚えていった。本は嫌いではなかったが、なにしろリエベンの父親には本を買う余裕などなかったから、聖書以外は持っていなかったのだ。だから、パムがこんな自分と一緒に本を読みたがっていると聞いたときは、正直戸惑った。自信がなかったのだ。
しかし、そんなリエベンの戸惑いは不要だったらしい。パムは本から学んだことを矢継ぎ早に話した。リエベンはなんだかほっとして、そのうちパムの話にすっかり引き込まれてしまった。
夢中になっているパムを見ていると、とても八歳の少女とは思えない。植物の話、太陽の話、パムは知りうる限りのことをすべて話して満足げだ。
空の話になったとき、パムは芝の上に大の字に寝転がった。両腕を頭の下にして、リエベンとハンナにも横になるよう言った。まさか屋敷の庭で寝転がるなんて夢にも思ってもなかったリエベンとハンナは、互いに微笑んで横になった。
青い空がどこまでも続いている。ところどころにうっすらと雲が見えるが、ほぼ一面青い空だ。
なんて気持ちいいんだろう。
リエベンが目を閉じて大きく深呼吸をすると、パムもハンナもそれに続いた。まるで空は三人のためだけにあって、空気さえも全部自分たちのものではないかと思えるほどだ。
それからまた、しばらくパムの空の講義が続いた。ハンナはあまりの気持ちよさで、終始うとうとしていたが、リエベンは夢中でパムの話を聞いていた。
その日の夜、リエベンの枕元にあるサイドテーブルには、しおれてしまったタンポポが三つ、まるで昼間青空を眺めていた三人のように天井を眺めていた。
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