#2 もはやそれはアイスブレイクではない
2018年3月30日。
年度末。
いよいよ忙しい。
子どもがいるとなおのことだ。
やれ、役員の引継ぎだ、やれ新学期までに何をしろだのと、お便りがたくさん来る。
あれどこに書いてあったっけ?
いつまでの提出だっけ?
と、お便りの山から必要な情報を探し出すだけで一苦労だ。
朝からいそいそと散っていく庭の桜の花びらを見て、私みたい、とつぶやいた。
まるで、どこか行きたいところがあるのに、それがどこかさえもわからず、とりあえず旅を始めてしまったかのようだ。
花びらはしかし、それでも優雅だ。
桜どころか、季節の移り変わりを楽しむ余裕がなくなってしまったのはいつからだろう。
息子が小さかった頃は私もまだ専業主婦で、毎日公園で大半の時間を過ごした。
公園では大きないちょうの木や桜の木が季節を知らせてくれ、春から夏にかけてはカエルの卵見たさに小川をのぞき込む子どもたちであふれていた。
夢中になるあまりに、気づけば小川に侵入、足元がびしょびしょになる子ども。
それを叱る母親。
公園はいつも賑やかだった。
年度末は出発を目前に控えたお客様の対応で忙しい。
今日もそんな日だ。
午後2時。
業務が少し落ち着いた昼下がり。
バンコクと東京を間違えたおっちょこちょいな彼女と会う時間だ。
ドアがノックされてゆっくりと開く。
開いたドアからひょっこりと顔をのぞかせたその人を見て驚いた。
そこに立っていたのは、大柄な白人男性だったからだ。
一瞬、ダブルブッキングをしてしまったかと思いパニック。
いや、私ならまじでやりかねない。
しかし、名前と会社名を確認したところで、間違いのないアポイントとわかった。
私は安堵のため息を漏らす。
あまりにも素敵な名前にすっかり女性だと信じていた私は、頭の中で描いていた女性のイメージを慌ててかき消して、目の前の男性にと上書きする。
簡単な挨拶を交わしてテーブルまで案内した。
デオドラントのいい匂いがする。
長身・小顔のイケメンだ。
スカイブルーのシャツがこれまたよく似合っている。
楽しいミーティングになりそうだとウキウキしてハッと我に返る。
いかんいかん、これは仕事だ。
初対面の場合は、こちらの会社についての説明、あちらについての説明の交換から始まる。
それから商品についての説明をきいていくのだが、正直、これが毎回、どこの会社も同じにしか聞こえない。
みな、自分の会社のことのみを話して時間切れ。
無駄な時間だと思うことも正直多々あるくらいだ。
しかし、その彼は一向に自分の会社の説明をする気配がない。
まったく時間のことを気にしていないのでこちらが逆に心配になるぐらいだ。
マ、マイペースすぎる。。。。
天気の話、日本の食べ物の話、彼自身の紹介・・・どこまで続くのだ、このアイスブレイク。
上司の顔が気になり始めたころ、ようやく会社の説明が始まった。
ここまでですでに1時間。
普通なら、商談が終了してもいい時間だ。
私が異変に気が付いたのは彼が帰ってからだった。
彼がオフィスを去ってからもずっと漂っているフワフワした何かがあったのだ。
オフィス全体の空気が彼が来る前とは明らかに違う。
なんだろう、この感じ・・・・
まるで彼の存在がまだそこにあるかのような。
初めての体験に、思わず前の席の同僚に
「なんか彼の感覚が漂ってるね。」
と意味不明なことを口にしてしまい、不思議な顔をされた。
しかし、この感覚がのちに大きな発見となる。
もちろんこの時のわたしにはまだ知る由もなかったのだが。
つづく・・・