プラウト主義 - 新しい社会システムを求めて
資本主義はもう限界だと言う人もいれば、完璧ではないけれど、少なくとも現時点において最良なのだという人もいます。いずれにしてもさまざまな問題を抱えているのはわかっているけれど、それに代わるオルタナティブがないことが、出口のない論争を生んでいるように思います。
次世代を論じたものはたくさんありますが、制度として体系化された理論はほとんどないように思います。そこで今日は、わたしが好きなプラウト主義という次世代の社会システム理論について紹介したいと思います。
プラウト主義
PROgressive Utilization Theoryの頭文字を取ってPROUTというものがあります。P. R. サーカー(1921 - 1990)というインドの思想家が提唱した理論です。Wikiで調べると哲学者、思想家、社会改革者、詩人、作曲家、言語学者。同時にタントラとヨーガの指導者と紹介されていました。
個人の生き方、ローカル経済や事業、インセンティブ、格差、コミュニティーの最適規模、産業の構成比率、行政、立法、司法、そしてそれらを地球的な歴史プロセスとして運用する視点まで、プラウトはその理論の範疇が多肢に渡っているので、端的に説明するのはわたしには難しいので。。。ここでは、ざっくりと「1. 個人の精神性の視点」、「2.コミュニティーやローカル経済の自立的な相互補完の視点」、「3.地球の歴史プロセスについてのよりマクロな視点」の3つの視点から理解するのがよいように思います。プラウト主義について日本で手に入る情報は限られていますが、興味が湧いたら、より具体的な説明の示された書籍で学んでください。
1. 個人の精神性の視点
「世界の平和と公正のための闘争において、私たち自身の内的平和をおろそかにすべきではない。」とプラウト主義は主張します。社会制度や経済を語る上であっても、個人の精神性の探求を常に無視してはいけないということです。物財の蓄積によってわれわれの生活の豊かさが図られるのではなく、衣・食・住・教育・医療の5つにおいて全ての人類が最低限の生活を保証されることが社会の指標にならなくてはなりません。人はただ生存するという基本的な尊厳が尊重されるべきなのです。その日を暮らすことだけに邁進し不安をいだく生活から人類は開放されなければなりません。格差や能力に応じたインセンティブの差は否定されていませんが、果てなき最高位の上限を更新することではなく、最低限の底上げを目指すことで、社会が成熟するにつれ格差の比率はしだいに縮小するであろうと言われています。
2. コミュニティーやローカル経済の自立的な相互補完の視点
プラウトでは具体的な経済体制についても書かれています。現在、物質の所有や所有権を基礎とし、私有することで発展してきた企業はより民主的に運営管理される共同組合的なカタチに変革する必要があると主張しています。具体的には組織で生産される商品やサービスを3つのカテゴリ(必須、半必須、非必須)に分類し、それらを小規模の個人経営、中規模組織の協同組合経営、そして大規模な基幹産業を公共事業として運用する方法が示されます。そしてそれらの組織は、多くとも10万人規模のローカルな行政ブロックの中で運営され、原則的に地産地消による自立を基礎とした民主的な地域を形成することが推奨されます。経済の民主主義を目指すことが重要だとされています。その他、人間の尊厳や精神性を基礎とした政治や経済のあり方、そして司法や立法のあり方など非常に幅広い制度設計のあり方が示されています。
3. 地球の歴史プロセスについてのよりマクロな視点
3つ目の視点もまた、とても興味深いものです。あらゆる社会制度は時代によって必ず隆盛と衰退を繰り返すものです。平家物語にもありました「諸行無常・盛者必衰」の理です。この点をよりマクロな地球上に続く人類史のプロセスとして捉えているところがプラウト主義の非常に特異な点かもしれません。社会にある市民は、力・知・財・民衆の4つのカテゴリに分類され、それぞれの特性が時代によって強まり、権力をもって他を支配するようになります。そして、いかなる権力もやがては搾取的になり衰退してゆく。それを改めるように次のカテゴリの市民によって変革が起きます。そして、また同じように隆盛と衰退のプロセスが繰り返されてゆく。社会はらせん階段のようにこのサイクルを繰り返すのです。ですから、その歴史プロセスを正しく認識することによって、資本主義などを含む現勢力に固執することなく、権力がときに革命によって変容していくさまを、むしろ安定的に促進していかなければなりません。その意味で、プラウトは革命を支持し改良派を厳しく非難します。現状に固執しつぎはぎ的に改良することで体制を延命させようという優柔不断さがこの時代のプロセスを遅らせ、搾取されている弱者をより窮地に追い込むのです。
コメント
改めて見直してみると、ノーム・チョムスキー氏(MITの言語学および言語哲学の研究所教授 兼名誉教授)が、序文を寄せていたりします。最近、ノーム・チョムスキー氏のインタビューや記事を目にすることが多かったので、今になって目に留まりました。こういった研究者の慧眼や守備範囲の広さに関心しています。
また、インド思想の面白いところは、あらゆる思想に人間の尊厳や善く生きるための精神的、信仰的な観点が染み込んでいるところです。特に現代社会では人間の感情や感性といったものを外部性として脇においておいて、物質や財によって全ての価値を評価しようとします。それはモノの貧しい時代には革新的な構想だったかもしれませんが、現代はその行き過ぎた振る舞いによって人間の尊厳が軽視され、われわれの心や感情がみるみる劣化しているような印象をわたしは持っています。感情や精神性という不確定性は現代社会では軽視されがちですが、わたしはこの感性こそが次世代の判断・評価基準になるのではないかと思っています。
日本ではあまり耳慣れない主義ですが、興味があればぜひ一読してみてください。
りなる
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