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親から子供への能力継承

本稿は多くの人達が気になっている親から子の遺伝について現段階の研究成果なども踏まえて解説するnoteである。つまり親の形質(traitまたはcharacter)は子供にどの程度、遺伝するのか。また外見や知力などは実情として親が優れていれば子供は安泰なのか、高確率で継承されるのかなどについても文献を調べた上で記述する。今回のnoteは無料部分をいつもより拡大する。全部を読むには500円またはマガジン購読が必要となる。

最近、XのようなSNSで、知的エリートは美男美女ばかりとか、優れた成果を出している人たちはたいていは親もエリートだったり普通ではなく卓越した能力を持っている一族だとかそういう言説ばかりが飛び交っている。これはどういう影響が人々にあるかというと、やる気や情熱があるのに不運にも生まれ育ちが良くなかったり裕福ではない家に生まれた人々が、無用なコンプレックスを裕福そうに見えるエリートなどに対して抱く結果になる。それはあまり精神的にも健全とは言えないし、また自身を無用に卑屈に考えてしまうのは本当に不幸な思い違いではないかと思う。しかし実際のところ、生物学的に親から子にどの程度、形質が継承されていくのかは多くの人は全く知らないわけで、普通に憶測や識者と自称する人達の話を真に受けて、それを信じて生活しているのが実情である。
 そこでとりあえずは、ちょっと領域は違うのだが分子生物学者として国際的な研究成果を出してきた私が改めて調べてみて、どのくらいのことが確からしく、またどのあたりがまだ迷信に近いのか、また今後何が分かっていきそうかなどについて私の見識で書ける範囲を記述していきたいと思う。

1. 古典的な遺伝の話

遺伝自体は昔から世界中の様々な地域・文明により知られていた。特に親に子供は外見がどことなく似る・面影があるということで、まだ遺伝の分子的な実体がDNAであることが分かるよりずっと前から親の形質は子供にある程度は引き継がれるということは知られていた。まったく当たり前のことを言えば、白人と白人の子は基本的に白人である。アジア人同士の子供も基本的には黄色人種的な外見になる。黒人同士も黒人が基本的に生まれる。しかしたまに、黒人同士の子のはずなのに違う外見の子供がうまれることがある。以下の写真を見て欲しい。

黒人夫婦の子からアルビノがうまれることがある。

上の写真を見ると黒人夫婦の子が2人は黒人なのだが、3人の子は白い外見になっている。ただこれは人種として白人に転換されたのではなく、メラニン色素に関する遺伝子が損傷している染色体を継承した子供が色素が極めて減るという白子症(アルビノ albinism)、正常な染色体を継承した子供である健常な子に分かれたということである。ただそういった現代の知識がなければ、周りからみたら突然変異が起きたものと神の祟りなり呪いなりと恐れられたり差別がはじまったりしたこともあっただろう。
 つまりなんとなく両親の形質(trait, character)は子供に基本的には継承されると世界中の人々がなんとなく知っており、だからこそ、今でも君主制国家があるが(日本も実は立憲君主制に一応は位置づけられる)、王や皇帝(天皇も含む)、そして大名・公のような地位は、基本的に先代または初代の血を確実に引くとされる後継者が選ばれるというシステムをとっていたわけである。
 正直なところ、XなどのSNSで多くの人達が議論しているレベルはこのようにメンデルが出てくるより前の時代のものとほぼ同様である。遺伝子などについて興味を持つ一般の人々は多いが、実際にはその実体に関する知識などはほとんど持ち合わせていないために、美男美女が結婚したら美男美女が生まれ、そして頭の良い成功者は美女を配偶者にもらうので、結果として頭もよく、外見も良い人たちが続々うまれてくる。だから成功していない人たちと、成功者は外見も知力などの能力も大きな差異が出来て、階級社会としての差が出来てしまうのだと思い込んで無用に絶望してしまう。
 しかし例えば実際の権力者たちを見ても皆が美男美女ということもなく、高学歴とも限らないので(美男美女で高学歴な人たちもいるが)、実際にはそこまで単純で救いがない話ではない。
 19世紀になり、ようやく遺伝の実体が少しずつ分かり始める。つまりメンデルによる研究の成果が出てきたのである。

2. メンデルの登場

グレゴール・ヨハン・メンデル(Gregor Johann Mendel)は1822年生まれの司祭であり、聖アウグスチノ修道会(カトリック)に所属した。この修道会では自然科学の教育が行われており、メンデルも学ぶ機会があった。彼自身は、エンドウマメの交配実験を1853年から1868年までの間に修道院の庭で行い、そのデータから新しい遺伝の法則を明らかにしたのである。

メンデルの法則
http://www.suehiro-iin.com/arekore/mendel.jpg

これは我が国だと中学校くらいで最初に習う理科の授業のおさらいにもなるが、メンデルの法則の面白い所はまるいマメとしわのマメを交配させると、全部まるいマメになるということである。そしてその世代同士を交配すると、次の世代は3:1の割合でまるとしわのマメが出来る。
これにより、まるくなるのを顕性(dominant, 以前は優性と呼んでいた)、しわになるのを潜性(recessive, 以前は劣性と呼んでいた)と呼ぶ。これは結局ところ、簡単に説明すれば、一つの個体は例えばエンドウ豆(pea)の形状に関わる遺伝子を二つ持っているが、まるをAとしてしわをaとすると、AAとaaをかけあわせても、Aaしかうまれたこない。しかしAa同士をかけあわせるとAA, Aa, aA, aaとうまれてくるので、25%のエンドウ豆がしわになるのである。
 しかしこの法則が分かったことにより、あきらかにしわの豆の形質が、一見、次の世代に伝わっていない(発現していない)ようにみえるということが普通にあるのがわかったわけである(実際には潜性になって遺伝子としては保持されていて表に出てこないという意味であるが)。つまりある遺伝子の形質が実際には次の代だと出てこない潜性と、基本的に次の代で出てくる顕性という概念がこうして見いだされたのは大変大きな意義のあることである。

3. 現代の分子生物学・遺伝学

その後、ダーウィンが進化論を提唱し、自然選択や適者生存そのほかいろいろなコンセプトが生み出され、分子生物学が始まる前座が整ってきた。そしてさらに物理学者たちが生物学分野に流入してきて大いにその優れた頭脳と能力で分子生物学の発展が20世紀になり始まってきたのである(ただこのあたりは別のnoteで細かく書こうと思っている)。
 そしてDNAが遺伝物質であることが分かり、さらには1950年代に二重らせん構造などが分かり、遺伝暗号やセントラルドグマなど、基本的な細胞における遺伝子発現(gene expression)の機構が分かるようになり、最終的には、遺伝子というのはヒトにおいては2万以上存在していて、それらはヒトを形成する上で部品や道具として働くものであることが明らかとなった(遺伝子についてより詳しく説明しているのは以下のnoteになる)。

上の話は少し専門的であったが、要は何を言いたいのかというと、ここ50-70年くらいで、分子生物学が大変発展し、遺伝子の分子レベルの実体というか、分子そのものがどういう感じなのかもわかってきたということである。そして我々の様々な身体能力や知力などの資質も、遺伝子(タンパク質などに翻訳されるDNAのある種の部分を指す)にコードされている情報次第であり、人によってそこそこ配列が違うこともある遺伝子群もあり、そこに知能や能力などの差異が出てくるのだろうということまでは分かってきている。
 そうなってくると、やっとここで実際に知力や身体能力、容姿などを管轄している遺伝子群の特定に近づいてこれるわけである。例えば先ほどアルビノが出てきたがこれはX染色体上のGPR143に変異が入ることが原因である。これは上の境界知能のnoteの中で書かれている知能に関わるFMR1と同じ遺伝形態を示す。アルビノもFMR1の変異が原因の脆弱性X染色体症候群も潜性の疾患である。またエンドウ豆がまるとしわになる原因はstarch-branching enzymeが正常か損傷しているかで決まる。この酵素がないとまるくならない。このエンドウマメの論文は以下の生物医学系の最高権威誌Cellに掲載されている。

https://linkinghub.elsevier.com/retrieve/pii/0092-8674(90)90721-P

そしてそのようなところまできた現在において、親子の遺伝子継承や、また人々のパフォーマンスは遺伝的要因、または環境要因どのくらいなのかという研究も盛んになっていくわけである。そしていよいよ次の章から、親子の遺伝子継承に近づく話をしていくことになる。

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