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『創造性教育』の意義と向き合い方~人間本来が持つ意味を捉える力の育み~|水島尚喜(聖心女子大学教授)

STEAM教育やアート思考など、教育やビジネスの分野でも「創造性」に注目が集まっている。世界の教育の中でも、デザインスクールなど人々の創造性教育が積極的に行なわれている。一方でAI社会の到来に向けてプログラミング教育なども本格的に始まっている中で、創造性が大切といわれている。筆者も創造性が大切だと思うかと聞かれれば「Yes」と答えるものの、それは一体なぜなのだろうと疑問を持った。そこで今回は小学校の図工の教科書の監修なども務める聖心女子大学教授の水島さんにお話を伺った。

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人間の本質的な資質としての「概念や意味を捉え、表現する力」を育むのが創造性教育

まずはじめに、「創造性教育」で育まれる力とは一体どのようなものだろう?その疑問に対し、水島さんはこう答える。
「創造性やアート教育で育まれるのは概念や意味を捉えて表現する力。例えば『りんご』を見たときに、動物は『食べ物』としてのみ認識しますが、人間はほかにも『アダムとイブ』を思い浮かべたり、iPhoneを思い浮かべたり、同じものでも象徴や概念として捉えることができます。あるいは同じ○(まる)でもそれがりんごだったり、顔だったり、月だったり、そこにその人の意図や解釈、意味があります。そうした概念や意味で捉えることができるのは、人間が根源的に持っている資質です。創造性教育は人間が本来持っている、目の前にないもの読み取ったり、生み出すことを学ぶことだと考えています」

Society5.0といわれる時代が迫る中で、なぜ今創造性教育なのだろうか?
「創造的な活動の中には2つの要素があると考えています。ひとつは工業、工芸的な再現性のあるものづくり。原始の時代なら、どうしたら切れ味の鋭い石斧や皮剥を作れるか、といった思考があります。これはAIやプログラミングといった論理やアルゴリズムの世界、再現性の世界といえます。もうひとつは、レヴィ=ストロースがいっているブリコラージュ(日曜大工)といわれる、ありあわせの素材、さまざまな細かい差異を利用して本来とは別の目的や用途のために流用する行為。両輪として、どちらも創造的な活動には欠かせないものです。プログラミング教育など、アルゴリズム的な思考だけに偏らず、人間本来が持っている意味や象徴性を捉える思考力がより重要になっているのだと思います」


本来目に見えない概念も道具として具現化、視覚化することで子どもたちの理解がよりしやすくなる

目の前にあるものを別の何かとして捉える力、これは乳幼児教育の現場でもよく見られる『見立て』にも近いように感じた。
「まさにその通りですね。目の前のものを別の何かに見立てる遊びは創造性教育の第一歩だといえます」

乳幼児教育の現場で子どもたちの創造性を育むためにはどのようなことが大切なのだろうか。そのヒントとしてあがったのが「モンテッソーリ教具」だった。
「モンテッソーリ教具のよさは、実際に自分が触れること。たとえば本来目に見えない数の概念などを実体のあるものとして操作できることで概念をより理解しやすくしています。赤ちゃんの視力がまだ十全に機能していないときにも手で触って確認することからも触覚が人が何かを学ぶときに重要な役割を持っているといえます。近年話題になっているティンカリングなども、触れること、手を動かすことの重要性に着目した教育のスタイルです」

乳幼児教育の現場でも触れる、動かすといった活動が子どもたちの創造性を育むことにつながるのかもしれない。

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2020年マリア・モンテッソーリ生誕150周年記念のして『教育が国を作る』をテーマにイタリアで予定されていた展覧会のパンフレット。名前も英語で”Touching Beauty”。教育や学びにおいて『触れる』という行為が大きな役割を持っていることがよくわかるタイトル水島さんは開会記念シンポジウムに講演者として参加。

創造性活動は上手・下手というものさしで測らない。そして、頭で考えてもいい

最後に、筆者がどうしても聞きたかったことを聞いてみた。それは、創造性活動やアート活動に苦手意識がある人がどうしたらすこしでも苦手意識をなくすことができるか。筆者自身、アートや創造的な活動に憧れこそあれど、苦手意識を持っている。
「まずは上手い、下手という視点で考えないこと。日本の創造性教育と呼ばれるものは長い間、図画教育でした。目的物やお手本が決まっていて、それを作ったり、描いたりしたものを評価していました。30年前から始まった造形遊びが突破口になるはずでしたが、どうしても図画教育に寄ってしまっています。造形遊び本来の姿は、目の前にある素材に触れ、そこからなにかを想像していく活動です。すでにお話したブリコラージュのように目の前にあるものに自分なりの意味を作っていくこと、と考えてみたらどうでしょうか」

なんとなく『アートを頭で考えてはいけない』と考えていた筆者としてはなるほどの一言。どう見えたか、どんな意味があるか、触れることも含めてまずは目の前のものを観察し、ものと対話することが創造的な活動の第一歩であり、人が本来持っている資質を呼び起こすことにつながるのだと感じた。

<Interview Deta>
水島尚喜さん(聖心女子大学教授)
https://www.u-sacred-heart.ac.jp/interview/nmizushima.html