子ども主体の保育のために、子どもの日々の姿に目を向け、それを伝えあうことから生まれる柔軟な保育環境づくり|萩原真由美(レイモンド下高井戸保育園主任)
「ねぇ見て!月が真ん丸だよ!」窓際にいた女の子が声を上げると、子どもも大人も窓際に集まってきた。これは今回訪れたレイモンド下高井戸保育園の取材中の一場面。外の月と子どもたちの様子から目を離すと、園内を案内してくれていた萩原真由美さん(同園主任)が部屋の入口あたりから透明の月が書かれたシートを手にして戻ってきた。横に目をやると別の保育者が月の絵本を机の上に広げ、数人の子どもがそれを囲っていた。冒頭の子どもの発言からものの数分の出来事だった。萩原さんは「いつもこんな感じです」と笑顔で話す。こうした子どもたちの声を聞き逃さず、瞬発力の高い支援は、どうやら日ごろの園内研修や取り組みの中にあるさまざまな工夫に裏打ちされたもののようだ。
子どもの声をしっかりと拾い上げることで、保育は子どもの中にある新しさやひらめきに溢れたものになる
冒頭の場面は、筆者の中でとても印象的な出来事だった。というのも、子どもが外の空を見上げ発した一言から、瞬時に子どもたちが『何を発見し、何を楽しんでいるか、どんな支援をすると子どもたちの学びや遊び、楽しさが拡大するか』をその場にいた2人の保育士どちらもが察してその後の遊びや展開につなげていたからだ。萩原さんによると同園ではこうした形から発展する活動が多くあるという。
「以前、子どもたちの虫に対する強い興味から、昆虫館へ行きました。子どもたちは虫そのものもとても楽しんでいたのですが、それ以上に興味をひかれたのがその館内で使った懐中電灯でした。その様子からペンライトを用意して、園内でも遊べるようにしました。ロールカーテンを閉め部屋を暗くして光あそびを楽しんでいるな、と思っていたら、子どもたちが保育室ではなくトイレに集まっていました。どうやら園内で一番暗くできる場所がトイレだったようで、洗面台に水を貯めてライトを照らしたり、次は水滴を照らしたり、子どもたちはさまざまな新しい面白さを発見していました。そこからさらに液体と光など、さまざまな遊びに発展していきました。そもそもトイレをあそび場として認めるべきかなどの話もありますが、こういう子どもたちのその時々の興味に対して、一緒に面白がりながら、スピード感を持って展開していくことが大切だと感じています」。
日々日常の中で『子どもの声や姿をキャッチすること』『その意味を見取ること』『その後の展開を想定し、最適な環境づくりをすること』を大切にしていることがよくわかる。またこうした視点は園内を歩きながら環境設定の面でも多く見つけることができた。
コーナー保育を行なっている同園では、体を目いっぱい動かす遊びの勢いのままに、ごっこ遊びや構成コーナーに入ってそこで遊んでいる子どもの遊びを阻害しないよう、コーナーの出入り口をわざと幅を狭くしたり、カーブを作ったりして自然と勢いを減速するつくりになっている。
さらに驚いたのが調理室の前の廊下に、おままごとコーナーが設置されていたことだ。
「調理している様子を子どもたちがよく眺めていて、それならそのスペースで自分たちも料理をしたり、食べ物の絵本を読んだりできたら楽しいと思い、ここにコーナーを作りました。廊下ではありますが、たまたま一番奥まったところだったというのもコーナーを作れた要因でもあります。延長の子どもたちがおやつをここで食べることもあります。」
そのほかにも保育室、廊下を問わず、子どもたちの普段の様子や姿からさまざまなしかけが凝らされていた。子どもの姿を大切に見取り、スピード感を持って展開や環境づくりをしていくというのは、言葉で聞く以上に簡単なことではないように思える。その時々に発信されるサインやメッセージの意図をくみ取り、「あ、こんな絵本があったな」「ここでこんな遊び方ができるな」と活動や環境設定に使えるリソースを把握していることも必要になる。これらを実現しているのは、一体どんな工夫やコミュニケーションなのだろうか。
子どもの姿を伝えあうさまざまな可視化のしくみと職員自らが課題感を持ち寄り開催される園内研修
子どもたちの声や姿を実際の環境や活動に落としていく工夫をいくつか聞いてみた。まずはどのようにして子どもたちの姿を共有しているのだろうか。
「当園では毎日の活動を保護者に伝えるためのドキュメンテーションや、子どもたち向けのドキュメンテーション、保育者が子どもの興味や声、姿を共有する保育ウェブなど、記録したり、可視化することで子どもたちの姿を共有しています。毎日作っているドキュメンテーションは、その日のうちに作成しています。最初はどう書いたらいいかわからないという声も多くあり、私が型を作るために書いたり、どんな写真がいい写真かを学び合うための研修なども行いました。」
毎日の作成は大変なのではと心配したが、初めは苦労していたものの、数カ月経つと作ることに慣れたり、ドキュメンテーションを通じて保護者とのコミュニケーションが豊かになったなどの効果も出てきて、保育者も積極的に取り組んでいるという。確かにお迎えに来た保護者の様子を見ていると、どの保護者も保育室に入る前に入口に貼られているドキュメンテーションの前で足を止め、読んだり写真に撮っている姿が見られた。さらに驚いたのは、調理のスタッフも月に数回食育のドキュメンテーションを作っていて、それが保育士と調理スタッフのコミュニケーションにつながり、まさに職員全体が”保育者”として連携できているようだった。
子どもたち向けのドキュメンテーションは、各保育室の壁や子どもたちの手の届くところに、写真だけの形も用意されていた。
「子どもたちが自分で手に取って、あのあそびが楽しかったとか、このときこんなことをしたと話しています。そうした反応から、すこし前の活動が復刻することもあります。」
また、保育室や職員室には、子どもたちの声や楽しんでいることをウェブ状に記録し、保育の計画に活用する保育ウェブが貼られていた。
「これは当園では比較的最近導入した取り組みで、どんなことに興味があるか、どんな展開ができそうか、などを考えるために行なっています。子どもたちの反応なども含め、やってみたものの思いのほか発展しなかった活動も記録しています。スピード感を持って状況状況で対応するためにも、予測と準備が必要なので、こうしたツールを使いながら、予測と準備ができるようにしていきたいと考えて導入しました。」
こうしたさまざまなドキュメンテーションや可視化のしくみが、職員同士の連携や意識共有につながり、保育を加速させているようだった。そしてさらにそれが子どもたちの自発的な活動の広がりにもつながっている。
同時に、この可視化や記録化、さらには保育づくりなどがうまくいっている背景には園内研修の果たす役割も大きそうだ。
「園内研修は保育者が数名ずつグループになって、持ち回りで企画し、実施しています。担当グループが”先生”になる必要はなく、自分たちが困っていること、学びたいこと、一緒に考えたいことなどをテーマにしてもらっています。そうすることで、職員の課題感にあった学び合いの機会ができています。」
ここ最近の保育のキーワードである”子ども主体の保育”。子どもたちの姿や声からさまざまな活動・展開をするためには、その姿をしっかりと見取り、それを他者と共有しながら、さまざまな人の視点でフィードバックし合える環境づくりが重要であることを改めて考えさせられた。
子どもの”今”が面白い。『保育は予想通りじゃないといけないの?』という疑問を持っていました
そもそも萩原さんはなぜこのような子どもの姿からつくる保育にここまで丁寧さと情熱をかけて取り組んでいるのだろうか。
「純粋に面白いからだと思います。保育園での活動を行うにあたって、保育の計画というものがあります。ただ、子どもたちは日々成長、変わっていく中で『計画や予想通りでないといけないの?』と疑問を感じていました。こんな風に育ってほしいという想いや発達の目安は計画として持ちながら、日々子どもたちから発せられる声や仕草、その瞬間瞬間の"今"に寄り添いながら柔軟に保育をしたほうが子どもたちに合ったものになる、かつ子どもたちも私たち自身も楽しい、そう思います。」
実際に子どもたちはもちろんのこと、保育者の保育中や退勤後の様子を見ていても、いきいきと楽しんでいる様子を見ることができた。子どもたちの声を聴き、活動や環境の展開・実現のために大人も型にはめられずにそれを認められて、楽しんでいることが、当園の子ども主体の保育を支えている大切な要因のひとつなのだと強く感じた。
こぼれ話ギャラリー
本編では紹介できなかったものの、ぜひ紹介したい面白い取り組みを写真とあわせてご覧いただきたい。
遊びの保障
子どもたちが遊びからすっと気持ちを切り替えられるよう、継続的な遊びの保障や作品の記録を行なっていた
職員紹介
職員一人ひとりが飾る職員紹介。毎月テーマに合わせて、棚の中を自由に飾っていく。また、周りには職員だけではなく、同園に関わる人々がいる。(荷物を届ける宅配業者さんまでいるとか)
ほかにも子どもたちとのコミュニケーションがいたるところに
<Visited DATA>
訪問先:レイモンド下高井戸保育園
所在地:東京都杉並区下高井戸3-23-10
Webサイト:https://www.lemonkai.or.jp/
(外観写真:photo by Kazuhito Koizumi)