保育園に関わる人々が、自然に主体的に関わりを持つための関係性のデザイン|鈴木八朗(くらき永田保育園園長)
園庭の見える開放的な保育室の中で、卒園と進級を翌々日に控えた2~5歳クラスの子どもたちが「機関車ごっこ」という共通のテーマを持ちながら、線路の上を走る電車や切符屋さん、お弁当屋さん、踏切役まで思い思いにのびのびと遊んでいたのは、横浜市井土ヶ谷駅から10分ほど歩いたところにあるくらき永田保育園。以前より拝読していた『40のサインでわかる乳幼児の発達―0・1・2歳児が生活面で自立する保育の進め方(黎明書房)』の著者で、当園の園長である鈴木八朗さんを訪ねた。子どもたちを見守るまなざしと、そこから生まれる取り組みを楽しみにお邪魔した中で発見したのは、鈴木さんの『環境構築を通じた、主体的な関わりを実現するための関係性のデザイン』とも呼べる取り組みの数々だった。
保育園に関わる人々の主体性を担保するために~それぞれが見通しと安心感を持てる環境づくりから~
機関車ごっこが繰り広げられている園内を見渡すと、子どもたちが実に子どもたちだけで遊びを展開し、遊び込んでいる。大人の姿も所々に見えながら、子どもたちが主体的にそれぞれの遊びを楽しんでいた。
「当園で大切にしていることのひとつに、子どもたちが遊びの見通しが持てる環境設定があります。空間やおもちゃといった環境の設定がきちんとできていれば、子どもたちは自ずと『これをしよう!』と遊びの見通しを立てられます」。
これはまさに最近の保育のキーワードでもある『子ども主体の保育』ではないだろうか。言葉では聞きなじみのあるこの言葉も、実践はそう簡単ではない。環境設定についてもう少し聞いていくと、その答えが見えてきた。
「子どもたちが主体的に活動するためには、先にお話した『見通し』と加えて『安心感』があることが大切です。何をしたらいいか分からない、これをしたら怒られるかもしれない、そんな不安な状態では主体性は生まれません。3~5歳の子どもたちが活動する上で大人がやるべきことは4つあり、①道具づくり②アイデア提供③見本を見せること④話し合いの支援です。『道具』というシンボルがあること、どんな遊び、場なのか、子どもたちの中で共通の認識が生まれます。また遊びの拡張や方法のアイデアを出しながら、振る舞いを示したり、話し合いの場を整えることで、遊びに対する『見通しと安心感』を持てるようにしています」。
そしてこの『見通しと安心感』は、子どもたちだけでなく、保護者、職員、外部から園に関わる人々に至るまでも、共通して大切に設計されているようだ。『見通しと安心感』を持つことで、それぞれがそれぞれの立場で主体的に人や環境に働きかけたり、コミュニケーションが豊かになる【アクティブ・タッチ】とも呼ぶことのできる関係性が生まれていた。
例えば職員に対しては、『見通しと安心感』を持つことで主体的に行動を起こしたり、職員同士でコミュニケーションを取ったり、意志決定を行なうしかけとして毎年変わる【ハンドブック】や【係制度】、【園内のおもちゃアーカイブ】などがある。
ハンドブックには、法人や園の理念が記載されているのはもちろんのこと、保育を行なう際の大人の見守り方を示した『見守り12カ条』やこれまでの保育の知見がまとめられた保育計画がある。また、行事担当表や会議の予定、出勤のある土曜日などが明確にされた年間スケジュールがあり、1年間の流れがわかることで、仕事やプライベートの予定の見通しを立てやすくしている。
係制度は、食育、木育、遊育(遊具やおもちゃ)の3つの係があり、それぞれ『保育』『保護者の巻き込み』『職員の学び』に生きる活動を担当学年を越えたチーム編成で年間を通して取り組んでいく。そうすることで、担当クラスの運営以外の視点でキャリアアップを図り、また担当園児に関わらない職員同士のコミュニケーションが誘発される。
また園内のおもちゃや絵本はその特徴や子どもたちの『育まれる力』などのタグを付け、園内のデバイスでいつでも検索ができる。園の資源をアーカイブしていることで、子どもたちの発達に合わせた玩具や絵本の提供がスムーズになり、ほかの業務に時間を割きやすくなっている。
同様に、保護者に対しては、【保育者参加】【はんこづくり】などの取り組みで、『見通しと安心感』を土台にしたコミュニケーションの機会の誘発が用意されている。
「当園では、お子さんの誕生日に合わせて保育者参加をお願いしています。そこでは生まれたときの想いを名前の由来などで話してもらっています。それを子どもたちは真剣に聞いています。また、3歳になると保護者にお子さんのための消しゴムはんこを作ってもらい、作品などに押させてもらっています。」
子どもの誕生日に子どもたちの前で誕生時の話をすることで保護者自身が改めて子どもへの愛情を感じ、その姿を見て子どもも保護者の愛を実感できる。はんこづくりの時には子どもの好きなものを聞いたりすることで、コミュニケーションが生まれる。こうした何気なく見える取り組みひとつひとつに、思わずコミュニケーションが生まれるしかけがある。
こうした活動の数々は、『見通しと安心感』を土台に、それぞれの関係者が自然に、主体的に関係性をより深めたり、行動を起こしやすくするために散りばめられていた、関係性のデザインと呼ぶにふさわしいと感じた。
さまざまな関係者に対する主な取り組み
『みんなが安心して過ごせる場づくり』の原点は、複雑家庭に対する社会のまなざしやいわれのない中傷に対する疑問と怒りだった
こうした数々の活動は一体どのようにして生まれたのだろうか。
「私は元々保育士ではなく、今も保育士の免許を持っていません。この園の立ち上げに携わるまでは、母子生活支援施設の施設長をしていました。第一に、その頃から変わっていない考えとして、関わる人々がその施設にいる間だけではなく、そうでない時間も幸せでいられるようにしないといけないと思っています。そのためには心理的な安全を確保したうえで、自ら人と関わり解決する力を養う必要があると考えています。また、保育園を立ち上げる際にさまざまな施設を見学し、大人が指示を出し、子どもに言うことを聞かせるというあり方に大きな疑問を感じました。だからこそ、子どもたちが自分で考えたり、行動したり、さまざまなことに取り組み、解決する力を育むことを目指していました。そして、『見通しと安心感』を持つことは、子どもだけではなく、大人にとっても主体的でいるために必要なことだったのかもしれません。」。
取材を通して「困っている人が困らないように」という視点が垣間見えたのも、こうした背景が影響しているように感じ取れた。その思いの源泉はどこにあるのだろうか。
「私の両親も母子生活支援施設に住み込みで働いていました。私自身は家族のように過ごしていた人々が、社会からは劣等処遇を強いられたり、いわれのない中傷を受けたり、冷たいまなざしを向けられていることに対して、幼い頃から疑問と怒りがありました」。
こうした経験が、人が自由に表現したり、主体的に関わり、何か問題が起こったときにも解決できる力を身に付けて欲しいと取り組みに込められた願いの原点なのだと痛感した。
具体例を提示して、自分の言葉として使えるようにする
強い想いが込められている当園での取り組みの数々。そうした思いを職員に託しながら、実践に移すための工夫を最後に教えてもらった。
「理念や考え方のような概念は、言葉だけだと上滑りしてしまう。そうならないように、できるだけ具体例を提示し、その言葉が何を意味しているのか、どういう行動につながって欲しいのかがイメージしやすいようにしています。保育園理念のひとつ、『自分で決める』であれば、乳児の食事や着脱動作などの場面を例にあげ、『自分からその動作をできているか』の判断基準を示し、最終的に職員自身が自分の言葉で説明できるようにしています」。
理念など、園にとっての土台となる考え方も、置物にしないためには、言葉に実態を伴わせることが大切であることを改めて考えさせられた。
筆者が個人的に感銘を受けたのは、園にあるものひとつひとつに名前があること。遊具や植物にもひとつひとつに『ハーニャの庭(園庭にある屋根付の集えるスペース)』『くっきー(ブロッコリー)』などのネーミングをしている。こうしたネーミングという行為も、実態に言葉を付けることで、コミュニケーションを円滑に促すためのしかけのひとつなのかもしれない。
<Visited DATA>
訪問先:くらき永田保育園
所在地:神奈川県横浜市南区永田東2-5-8
Webサイト:https://kurakids.ed.jp/