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『受験』をひとつの教育アプローチとして捉え、『人生に役立つ学び』の教育を実践する|生活教育こどもと幼児園

「では、赤色で始めてください」という合図とともに夢中に問題に向かう子どもたち。吉祥寺の『生活教育こどもと幼児園』の中での一場面。時間が来ると子どもたち一人ひとりに声をかけながら勢いよく、かつ緩急を付けて丸付けをしているのは、この園の園長を務める大野将平さん。小学校受験の幼児教室「メリーランド教育研究所」を母体に2017年から企業主導型保育園として運営している。「受験」と聞くと想像してしまう厳しい雰囲気は一切なく、子どもたち、園全体、職員、そして大野さんからもきちんとした佇まい中に、どこか明るさを感じる。そんな大野さんに保育園運営にかける想い、そして工夫と実践についてお話を聞いてきた。

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「受験で得られるべきものは、すばらしい人との出会いと、『生きる力』」

ご自身で小学校受験塾の講師を務め、中学校受験の経験者でもある大野さんは受験についてこう語ります。「近年の受験では、『知識』だけではなく問題発見力や問題解決力、周りと協調しながら個性を発揮する力などの『生きる力』が求められています。合否だけにとらわれることなく、人生に役立つ力を培い、人との出会いに感謝しながら成長することが、受験を通じて得られるべき本質的な価値だと思います」。
その本質に共感し、受験をしない子どもも一定数通っている。「ある卒園児とその保護者から聞いた『園で培った考える力と行動力で、自信をもって公立小学校での生活をスタートを切ることができた』という言葉を、今でも私の宝物のように感じています。そのご家庭は、入園当初から『受験はしない』と決めていました。私たちの教育が『受験対策』の枠を超え、そしてみなさまに共感され始めたことを実感することができました」。

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「丸付けという表現を通じて、子どもたちのモチベーションを高め、次の行動をよりよいものにしている」

冒頭の授業の中で印象的だったのは、夢中で問題に取り組む子どもたちの姿、表情…ももちろんのこと、緩急をつけた大野さんの鮮やかな丸付けの姿だった。笑顔と労いと共にプリントに付けられる見事な大きな丸。するっとつける丸。全問正解でなくても、できたことを認める丸。丸付けという行為の中に多彩な表現があり、子どもたちの反応も様々だった。
「あれはパフォーマンスの要素もあるんです。達成感を感じられるように大きく勢いよく丸をしたり、あえて平坦に行うことでもっとできるという期待を表したりする時もあります。丸付けひとつでも、自分の気持ちや期待を伝え、相手の喜びや意欲を増幅させて、よりよい次の行動につなげることができます」。
学生時代、ダンスに打ち込んでいたという大野さん。その活動の中でパフォーマンス(表現)を通して自分自身を伝え、相手の反応や行動が変わったり、つながっていくことを経験してきた。丸付けも同じく、一人ひとりの状態に合わせて、次につながる気持ちを育んでいく、まさにコミュニケーションがそこにあった。

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受験勉強を想定した授業以外の時間も子どもたちの学びのための工夫が随所に見られた。その工夫のひとつがオリジナルの季節の歌だ。小学校受験でも頻出の季節の花や果物、行事などを季節の歌として繰り返し歌うことで自然と季節のものを覚えていくという。

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また、子どもたちの生活の中で学ぶことを『生活教育』と呼び、園の名前にもその言葉が使われている。
「例えば雑巾を使った掃除の場面でも学べることがたくさんあります。雑巾を絞るのには手指や筋力の発達が必要で、雑巾をかけることで体幹が鍛えられます。雑巾を干すときにはしわが寄らないように丁寧に広げる所作が身に付いて、全員が干せるようにするにはスペースを融通するための空間認識や協調性が育まれます。そのような学びの機会が食事や遊びなど、日々の生活にたくさんあって、それは受験でも、人生でも役立つもの『生きる力』だと考えています。」。
教室の中で受験のためだけに勉強し、合格「だけ」を目的にするのではなく、日常の中から学んでいく。人生を豊かにする『生きる力』を育む教育のヒントはここにありそうだ。

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「保育園での積み重ね、自分たちができることを認識して、自信を持って次のステージに進んでもらうことが大切」

小学校受験は年長の11月には合否が明らかになる。しかし、保育園での生活は卒園まで毎日続いていく。その期間の過ごし方を尋ねると「実は一番大切にしたいのが、受験が終わった11月から3月の期間です。私立に行く子も、公立に行く子も、それぞれが自信を持って次のステージに進めるよう、それまで学んできた他者との関わりや日々の生活の中での工夫や発見を丁寧に扱い、自分の力をしっかり認識できる期間にしています」。

気になるのは運営体制。受験に馴染みの少ない保育園の保育者と、幼児教室の講師。ひとつの法人である一方で、場所も離れ、別組織でもある。一緒に子どもたちを育むうえで、どのように目線を合わせているのだろうか。
「運営上一番難しいのはそこですね。それぞれの職員室で聞こえる会話も全然違います。それぞれの役割に線を引いてしまうほうが楽かもしれませんが、そうすると本来は相互に協力できる部分など、失われることが多い。まずは保育園の先生に、幼児教室にも同席してもらって、子どもたちがそこで何を学んでいるかを知ってもらうことから始めました。子どもたちの成長という共通の視点を持って、互いがどう関わったらいいか、考え続けてほしいと思っています。最初は受験にピンと来ていなかった保育者も、子どもたちの成長を見ることで、関わり方や声掛け、見るべきポイントがつかめてきていると感じています」。

最後に運営上の課題と子どもたちへの想いについて聞いた。
「当園だけに限った話ではありませんが、企業主導型保育園の制度上、3~5歳の子どもたちの育ちが甘くなりやすい傾向にあると感じています。それは助成金などの資金面や人員の配置でもそう。0~2歳の低年齢の定員を増やさないと、経営上苦しくなる。でも当園は『受験教育』があるのはもちろん、保育園をふるさとに感じてもらうよう、3歳以上のクラスは最低12名以上必要と考えています。これは他者との関わりや多様性、学び合いの視点からも必要。だからこそ、認可ではなく認可外という形態を選び、運営しています。保育園の役割のひとつが福祉という側面は理解しつつ、教育の側面からも捉えていかないといけない。大切なのは子どもたちです。人を愛する余裕を持って育ってほしいと考えていて、その学びの手段が受験を通じた学びであり、生活を基にした学びでもあります。完全に助成金でまかなっている運営体制ではないため、しっかりと選ばれる園になるためにも、土台である教育を丁寧に実践していきます」

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ついつい「受験」と聞くと合否だけを目的とした知識詰め込み型の学習塾のイメージが強い中で、こどもと幼児園は受験それ自体を教育の機会、教育アプローチとして捉え、人生に役立つ学び、幸せに生きるための教育を実践してる様子が随所に見られた。
同時に、ビジネスとしての視点や、子どもや教育のための視点、このどちらかに偏ることなく、絶妙なバランスで共存している。教育を実践し続けるための経営的判断と、事業の継続性を担保するための教育実践。選ばれる園づくり、持続性のある園づくりを考えるうえで、大きなヒントになる取材になった。

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<Visited DATA>
訪問先:生活教育こどもと幼児園
所在地:東京都武蔵野市吉祥寺東町1-19-23
Webサイト:https://kodomoto.tokyo

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