エンタメビジネスをざっくり眺めるための『エンタメビジネス全史』というテキスト
Twitterの企画に応募したらいただけたのでエンタメ社会学者、中山淳雄氏の『エンタメビジネス全史』のレビューを書いてみます。結論から言うと、エンタメビジネスの入門書として非常に優れているので、これからエンタメビジネスに少しでもか関わろうという方は必読の1冊だと思います。エンタメビジネスを俯瞰し、これからを考えるのにいい本です。
私はエンタメ産業が大好きです。特に漫画と舞台が好きです。(この文章も6/4開催の「テニプリフェスタ2023」の配信を聞きながら書いています。テニプリはいいですよ)なのである程度業界の動向はフォローしていますし、漫画や舞台に関しては書籍を読んだり勉強会に参加したりしています。
ただ、エンタメビジネスは幅広く、自分が興味を持っている分野以外については知らない(けれども勉強になることがある)ということで、この本に興味を持ちました。
『エンタメビジネス全史』はその名の通りあらゆるエンタメビジネスのこれまでをまとめたもので、演劇やプロレスといった興行からアニメ、テレビ、ゲームと幅広くカバーしています。なので、自分が興味のあるところだけを読んでもいいし、異分野を勉強してもいいと、使い勝手のいい本になっています。(概略を知るための入門として書かれているので、すでにエンタメビジネスの一角にかかわっている人には少し物足りないところがあるかもしれないので、そういう方は自分がかかわっている分野とは違うところを参考にする気持ちで読むのがいいと思います。私も「マンガ」のところについては「ここの部分はどうとらえるべきか」と考えながら読みました)
これからは興行の時代か?
面白く読んだのは「興行」の項目です。いわゆる歌舞伎やミュージカルといった演劇からプロレスなどのイベントまでを含むものですが、中山さんは興行のことを「立体的なメディア」と表現しています。その歴史を奈良時代の伎楽までさかのぼり、演劇として最古のものとして「能」を挙げます。
興行の特徴は、ライブのように生産と消費が同時に行われるということ。もちろん事前準備やリハーサルはあるものの、最終的に私たちはその場で作られた1度きりの「その瞬間」を消費することで興行を楽しみます。面白いのは、消費者がお金を払う段階ではまだコンテンツはできておらず、私たちはあらかじめクリエイターの作り出すものへの期待を膨らませてお金を払って、その場に集う。中山さん曰く「見せるものへの期待値を作り出し、それによって金を払うに足ると感じるファンを集める仕事」とのこと。この指摘は興行の本質をついているなと思うと同時に、すべてのエンタメはこの仕事に向かっているのではないでしょうか。もちろん期待外れとなれば、次の機会はなくなるというリスクの高い仕事ですが、伝統的な興行以外のエンタメーー例えばゲームやアニメ、漫画ーーもこの興行スタイルをビジネスサイクルに組み込もうとしているようにみえます。
創作とビジネスをどうバランスさせるか
中山さんが著作の中で指摘しているように、エンタメビジネスは根本的に起業と似ています。ある人から出てきたアイデアを膨らませてビジネスとして整え、そこにお金をつけて市場を開拓していくーー当たれば大きいけれど、失敗する確率も非常に高いものです。スタートアップやもしかしたら一部の革新的な製品開発もそうかもしれませんが、このエンタメビジネスにおいては中心には常に一人のクリエイターがいます。漫画なら最初にストーリーと絵柄を思いつく漫画家がいるし、ジブリにはわかりやす宮崎駿がいます。その中でこのクリエイターのアイデアと、ビジネスモデルをどうバランスさせていくかがエンタメがビジネスとして大きく成功できるか、それとも少数の人に愛されるだけで終わるかの鍵になりそうです。
日本のエンタメビジネスの弱点
拝読していて、「じゃあ日本のエンタメビジネスの弱点は何だろう」と考えました。それはひとえに資金調達だと思います。長く、いい大人が本気で取り組む分野と思われていなかったため、日本でお金を握っている人からは真剣に受け止めてもらえず、いいアイデアやプロジェクトがあってもそれをスケールアップさせ、一定規模のビジネスとして成立させるための資金が回ってこなかった。中山さんはそれをスタートアップを育てるベンチャーキャピタルと新興企業の関係に例えていますが、まさにその通りだと思います。
もうひとつはビジネス人材の不足です。私は上場企業も多いゲーム産業はマーケティングやマネジメントなどビジネス分野の人材がいるのかなと思っており、ゲーム以外のエンタメーー例えば漫画やアニメ、演劇ーーに来てくれないかと常々思っていたのですが、中山さんの本によるとどうやらゲームにも不十分なよう。
もっと興味がわいた人へ
『エンタメビジネス全史』で日本のエンタメ産業を大きくすることに興味がわいた人へ、さらに深く知るための参考資料を知る限りでまとめておきます。『エンタメビジネス全史』そのものが、引用元資料をかなり明記しているのでそれぞれの分野で引用元資料を読んでみるのがまずひとつ。
「第5章 マンガ」に関連してですが、この分野は研究成果が書籍としてまとまっています。例えば、初期の少女漫画については最近『少女マンガはどこからきたの?: 「少女マンガを語る会」全記録』という必読書が出ました。少女漫画を語るには不可欠な証言が収録されています。
「花の24年組」に興味を持った方は、引用元資料にもなっている竹宮恵子先生の『少年の名はジルベール』と、萩尾望都先生『一度きりの大泉の話』をご併読ください。(ちなみに中山さんの本では見出しに「大泉サロン」という言葉が使われています。男性がほとんどだったトキワ荘に呼応するかのように研究者らによって見出されたこの概念ですが、この点については「そもそも”大泉サロン”はサロンとして成立していたのか」という問いに対する研究成果を待ちたいです)
BLの歴史については「はじめてのBL展」にすべてが詰まっています。この展示は、2023年におけるBL研究の最先端が凝縮されています。