Return (後編)
若きエリナは、未来の自分の言葉にしばらく静かに耳を傾けていた。彼女の目は、過去の自分と未来の自分が交差する不思議な感覚に包まれていた。
「じゃあ…どうすればいいの?」と、過去のエリナがようやく口を開いた。
未来のエリナは少しだけ微笑んだ。その微笑みには、長い年月を経て得た自信と、過去の苦しみを乗り越えてきた強さがにじんでいる。
「あなたが選んだその道、あの日の決断が全てではないってことを、覚えていてほしい。」未来のエリナは静かに言った。「どんなに小さな選択でも、変えることができる。その一歩が、未来を大きく変えていくから。」
「でも、どうして…私にそんなことができるの?」過去のエリナは、まだ戸惑っていた。自分の手が、どれほど無力であったかを感じているのだろう。
未来のエリナは深く息を吸った。昔の自分に教えたいことはたくさんあったが、今はただ、まず第一歩を踏み出すことが大事だと分かっていた。
「あなたは…心の中で、ずっとその選択に迷っていたでしょう?あのとき、友達との約束を守れなかったことが、今もあなたを苦しめているんじゃない?」未来のエリナが静かに尋ねると、過去のエリナは顔を伏せた。
「それが…最も大きな後悔だわ。」
「だからこそ、今、あなたにできることはそれを取り戻すことよ。」未来のエリナは、やさしく手を伸ばして過去の自分の肩に触れた。「その友達に、謝って、心から伝えること。あの日、自分がどうしてああしたのか、本当の気持ちを言うこと。そうすれば、あなたはきっと新しい道を見つけられる。」
過去のエリナは、ゆっくりと頷いた。その顔に浮かんだのは、ほんの少しの勇気だった。彼女は深呼吸し、胸の中の重苦しい思いを少しだけ軽くしていた。
「でも…もし、彼女が許してくれなかったら…?」
「許しを求めることが、第一歩だから。」未来のエリナは、静かに微笑んだ。「許してもらえるかどうかは分からない。でも、あなたが本当に後悔していることを伝えることが、大事なことよ。それがあなたを変えるし、未来を変えることにも繋がる。」
その言葉が、過去のエリナの胸に深く響いた。彼女は震える手で扉を開け、家を出た。道を歩きながら、何度も心の中で言い訳をしそうになったが、未来の自分の言葉が支えていた。
「私は、変わりたい。」過去のエリナは心の中でそう呟いた。
それから数時間後、エリナは、かつて大切にしていた友人、リナと再会した。リナは驚いた表情で彼女を見つめていたが、エリナはその目を見返し、しっかりと言った。
「リナ、あの時はごめんなさい。あの選択がどれだけ私を悩ませてきたか、今でもわかっている。あなたの信頼を裏切ったこと、後悔している。」
リナはしばらく黙っていたが、エリナの目に真摯な思いが込められていることを感じ取った。そして、少しずつその表情が柔らかくなり、最終的には微笑んだ。
「エリナ…私も、あの時はあなたに助けてもらうべきだったって思ってた。でも、もう気にしてないわ。私たち、もう一度友達としてやり直せるわよ。」
その言葉が、エリナの胸に温かく広がった。あの日からずっと背負ってきた重さが、少しずつ軽くなっていくのを感じた。
「ありがとう…本当に、ありがとう。」エリナは目を潤ませながら、リナの手を握りしめた。
エリナは、その日から少しずつ、他の選択を変えていった。過去の自分が犯した小さな過ちを修正し、新たに出会う人々との関係を大切にしていった。毎日が、少しずつ、前よりも希望に満ちていった。
時々、過去の自分に問いかけることがあった。「あの時、あの選択が本当に正しかったのか?」と。でも、もうそれは重要ではなかった。今、目の前にある未来をどう生きるかが大切だと、エリナは気づいていた。
ある日、彼女がふと振り返ったとき、過去の自分が微笑んでいるのを感じた。あの時の悩み、迷い、そして痛み。それらすべてを抱えたままで前に進むことで、彼女は成長したのだと思った。
そして、数年後。エリナは、リナと共に新たな一歩を踏み出していた。今度は、未来を恐れず、希望を持って歩いていく。
時の鏡は、ただ過去を映すものではなかった。それは、過去を見つめることで、未来を変える力を与えてくれるものだった。エリナは、その力を信じ、過去と向き合うことで、新たな未来を切り開いていった。
過去に犯した過ちや後悔を引きずって生きることは、もはや彼女にはできなかった。大切なのは、どんなに小さな一歩でも、今を変える勇気を持つこと。そして、それが次第に、大きな変化となって未来に繋がっていくのだということを、エリナは深く理解していた。
そして、彼女は知っていた。過去は変わらなくても、未来はまだ、自分の手の中にあるのだということを。
END...