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Return (前編)


夜の帳が降りる頃、エリナはひとり、古びた図書館の隅で足を止めた。青い照明が微かに灯る棚に囲まれ、何もかもが静寂に包まれている。周囲の本は、長い年月を経て埃にまみれ、時の流れを静かに語っているようだった。

その中で、エリナの目を引いた一冊の本があった。表紙には、銀色の紋章が刻まれており、タイトルは消えかけた文字で「時の鏡」と記されていた。彼女は、心の中で震えを感じながら本を手に取った。

「これが…」

数ヶ月前、ある占い師に言われた言葉が蘇る。「過去を変える力がある鏡を、あなたは必ず見つける」と。それが本当なら、この本がその鏡への鍵だということだろうか。

エリナはページをめくる。そこには、時空を超えて過去へ戻る方法が記されていた。信じることができなかったが、同時にその瞬間、彼女の心に強烈な決意が生まれた。

「戻るべきだ…」

エリナは、何度も失敗し、後悔し、そして迷っていた。今の自分を変えるために。これまでの選択が未来を決めてきたことを、彼女は痛感していた。もし、過去を変えることができれば――いや、少なくとも一度、やり直すチャンスを与えられれば、もう一度、違う未来を手に入れられるかもしれない。

「戻るんだ。」

その決意とともに、エリナは本に書かれていた呪文を唱えた。まるで長い眠りから覚めるかのように、周囲の空間がゆっくりと歪み、次第にぼやけていく。視界が一瞬暗くなり、やがてすべてが静まり返った。

目を開けた時、エリナは見覚えのある場所に立っていた。彼女がかつて住んでいた家の前。まだ若かった頃の、自分の家だ。空気の匂いも、草の香りも、すべてが鮮明に蘇った。

「これが…過去?」

心臓が激しく鼓動を打つ。エリナは、足元がふらつきそうになりながらも、踏み出す。彼女はすぐに分かった。ここが、彼女が後悔している最も大きな選択をした場所であることを。

あの日、あの瞬間に、彼女はひとつの選択を誤った。それが今の人生を形作っている。もし、あのとき違う道を選んでいたら、未来は違ったのだろうか?

エリナは深く息を吸い、家の扉を開けた。中に入ると、若き日の自分――十七歳のエリナが、窓辺で本を読んでいる姿が見えた。彼女はそのまま静かに座り、思い出の中の自分に向き直る。

「私は、過去を変えに来た。」

心の中で静かに呟くと、過去の自分が顔を上げ、驚きの表情を浮かべた。

「あなたは…?」

若きエリナの目には、混乱と好奇心が入り混じっていた。エリナは、少し微笑んで答える。

「私は、あなたが選ばなかった未来から来た。あなたが、この先の道を選ぶために、少し手助けをしに来たの。」

過去の自分は、驚きながらも、すぐにその言葉を受け入れた。

「私が…未来を変えられるって…本当?」

「本当よ。」エリナは頷きながら、過去の自分に手を差し伸べた。「今なら、まだやり直せる。あの日、あなたが選ばなかった道を、もう一度、選ぶことができる。」

若きエリナは、迷いながらもその手を取った。心の中で、どんなに怖くても、どんなに不安でも、過去を変えることができたら、すべてが変わるのだと信じて。

「じゃあ、何をすればいいの?」

「まずは、あなたが一番大切にしている人に、真実を伝えること。過去の自分に、勇気を持って、愛を示すこと。それが、あなたの未来を変える第一歩になるわ。」

未来のエリナは、確信を持って言った。過去の選択を変えることが、必ずしもすぐに明るい結果をもたらすわけではない。しかし、それでも、踏み出す勇気を持つことが大切だと信じていた。

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