世阿弥のブランド論 前編

顧客のうれしさ体験が、顧客の頭の中にその元になった企業や商品への熱い執着心をつくり出し、そのような人々がある厚みを持って存在するときに「強いブランド」が出来上がる。 

 強いブランドが顧客のハピネスを志向するのはごく自然なことである。そのようなブランドにいつも突きつけられている問はつぎのいくつかのようなものである。 

顧客のハピネスとは何か

 それはどのようにして生まれるのか

 それを提供するためにブランドは何をしなければいけないのか

 ハピネス提供者側の心構えはどうあるべきか 

永続的に顧客にハピネスが生まれ続けるための仕組みは何か

 多くのブランドは、現場の試行錯誤を通して、これらの課題についてきわめてあいまいなかたちで知恵を育んできている。長い間、多くの人に愛されてきたブランドであればあるほど、その知恵はあいまいでありながらも「ほぼ正しい」ものであり、「使える」ものであることは容易に想像がつく。

しかし、どんなに強い、どんなにIQの高いブランドであっても、これらの問のすべてに、明確に意識された、確信のある答を、誰もが分かるかたちで用意できるものはほとんどないと言っていいだろう。それは、その正解が、精神論でありながら行動論であり、人間の本質論であるからである。 

そのようなものは実践を通してのみ、その実践者たちの頭と体の中に宿るもので、それを誰でもが理解できるかたちで取り出して叙述するのは難しいと思ってきた。ところが、まさにそれにほぼぴったりの著述が650年前の日本にあったのだから、その驚きは筆舌に尽くしがたい。

能楽者、世阿弥の「風姿花伝」、「花鏡」を中心とする著作である。その偉大さはつぎの3点に集約される。 

1、上述のすべての問に明快な答を用意しただけでなく、各問への答が有機的に絡み合って一つの閉じた、揺るぎない体系になっている 

2、「花」、「物まね」、「十体」、「相応」、「序・破・急」、「我見・離見」、「転読・真読」、・・・・等々の、ハピネスを実現するための精神論と行動論が表裏一体となった興味深い概念が、これでもかと広く、深く紹介されている 

3、「幽玄」、「妙」、「しほれたる」等々の高度に繊細で微妙な美のありようを絶妙な言語表現で紹介している


続きは後編へ

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