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ライフコーチングの本質は、「愛」なんだと思う…
私たちは「現状のまま」ではダメだという教育を受けてきました。
だから、常に頑張り、
努力することこそが素晴らしく、
常に成長することが望ましいと、
どこかで思い込んでいます。
それは、
ありのままの自分でいることの否定に繋がり、
自分自身の存在を否定することになるのでは…。
自分自身の存在を否定している人が、
他人の存在を認め、
愛することができるのだろうか?
ふと、そのようなことを思ったのでした。
常に頑張り、
努力することこそが素晴らしく、
常に成長することが望ましいと、
その頑張り、
努力を証明するために、
学校の偏差値、
会社での役職、
収入の大小、
はたまた、
モテる容姿など、
私たちは、ほとんどこういったものにだけに「関心」を寄せて、
生きています。
このような生き方って、
確かに物質的は満ちているかもしれないけど、
それって相対的で、
相対的であるがゆえに、
常に頑張り、
努力すること、
常に成長することが強いられる…。
どこまで行っても満足できない、
不安の絶えない生き方に繋がるのかもしれない。
そして、それは、物資的なものでしか自分の存在を確認できない。
ゆえに自分の存在にOKを出せない。
足るを知りえない…。
足るを知り、
ありのままの自分を愛し、
日々の暮らしを愉しむ。
これって、
常に頑張り、
努力し、
常に成長することと、
対極にあるようで、
実は、
誰にも評価されないけど、
不断の努力が求められることかもしれない…。
先日、
心打つ文書に出会いました。
その文書の中に、
生きていてくれるだけでよかった。
横にいるだけでよかった。
もう一度話がしたい。
もう一度触りたい。
もっとたくさん話をすればよかった。
あの時、怒る必要なんてなかったのに。
そのままでよかったのに…。
ケンカもたくさんしたけれど、そんなことはどうでもいい。
いろんなことがあったけど、日常が幸せだった…。
この文書に私は、心揺さぶられました…。
愛ってこういうことなんだな。
人を愛するってこういうことなんだ。
愛の反対は、憎しみでなく「無関心」…。
そうか、
相手に関心を持つことが「愛」なんだな。
だからといって、
例えば、相手が高級ブランドを身に着けている、
高級車に乗っている、
そこに、「関心」を持つことは、
違う…。
ありのままの存在の自分を認め、
そのうえで、
相手の存在を認め、
相手の存在に関心を寄せる、
関心を寄せ続けることが、
「愛」なのかもしれない…。
そういう意味で、
ライフコーチングの本質は、
「愛」なんだと思う。
クライアントがより良く生きたいと思い悩み、
自分の存在を肯定しようとして、
関心を抱いていることに、
コーチは、
関心を寄せていく。
だから、
今日も、
対話を通じ、
傾聴・共感・受容で、
クライアントの関心事に、
関心を寄せ続ける。
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