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マッチングの不思議

 「類は友を呼ぶ」よく使われる言い方であるが、そもそも類とは何だろう。辞書的定義によると「似たものの集まり。同じ目じるしによってまとめられたなかま」とある。性質の似た者の集合体を、「類」と呼ぶのだろう。

 生物学的分類にて、ヒトという同じ種の集まりを人間と呼ぶ。そんな、誰でもわかることを連想しつつ、人と人とのマッチングについて考えるようになった。ちなみに、私の身近に同じ類の人はいない。逆に、同じ類の集合体を、有象無象の輩どもだとさえ、勝手に思っている。

 同類のカップルがうまくいった例を、私は知らない。結局は、人間関係の浮き沈みがないからだと思う。つまり、安穏な時間を共にできるが、刺激が少なすぎるということである。つまらない人間関係で、良い思い出はできない。それを知っているから、私は同じ類を求めない。つきあってもつまらないからである。特に、男女関係においては、その傾向は顕著である。

 ユングには、こういう逸話が残されている。1つの症例に対するフロイトとアドラーの論争に関して意見を求められた際に「どちらも正しい」という回答をしたことである。

 フロイトは、精神分析の創始者。症例の分析に関して、個人の外界における人間や事件に着目する。それに対してアドラーは、独自の理論体系により、症例の根底にある内的因子に着目した。ユングは、そうした相反する見方・考え方の両方に理があると認めた。この考え方が、ユング心理学のタイプ論をスタートさせた。

 人と人の「相性」をマッチングと言う。何のトラブルもないのになぜこの人とは合わないのか。そんな疑問を抱いたことは、誰にでもあるだろう。相性が悪いと言うが、なぜこうした現象が起きるのか。そうした疑問を解決したいという思いから、臨床心理学を専攻し、修士論文を書いた。当初は、交流分析に注目したが、結局はユングのタイプ論に行き着いた。

 ユングは、フロイトによって立身出世した人物である。もちろん、師匠と呼ぶべき人物への忖度などない。同じ深層心理学者として、客観視した結果、両方の一般的態度を認めての判断であった。そんなユングに、心底惹かれた。

 人間の性格に白黒判断をせず、どのタイプにもプラス面・マイナス面の両方があると論じた考え方である。また対立するタイプには、相補性と称して、相互のマイナス面を補い合うという特性があるようだ。

 これを簡略化して述べると、人間の性格には「明るい」「暗い」という陳腐な言い方を全面否定したということである。もちろん「良い」「悪い」などあり得ないという考え方により、タイプ論は形成されている。これは、自分自身を見つめる時や人との相性を考えるに値する理論だと思ったのである。

 今回は、タイプ論における一般的態度の「外向型」と「内向型」に限定して、相性すなわちマッチングについて私論を述べてみたい。

 心の状態の表現方法には、特性論と類型論の2つがある。例えば、心の耐性を表現するときその強さを5~1などに数値化して表現しようとするのが特性論。強いと弱いに分類するのが類型論である。ユングのタイプ論は、類型論に属している。しかし、私はタイプを特性論的に捉えることはできないものかと考えた。

 外向型は、心のベクトルが文字どおり外向きのタイプである。すなわち、自分の周囲の現象に強い興味を示す状態である。しかし、自分の内面とは無縁という状態はあり得ない。80%が外向きで、20%が内向きという場合もあり得ると考えたのである。

 つまり、類型論にて分類される性格タイプではあるが、その成分は個々に異なると捉えた方が、より実態に近くなると考えたのである。実際に自分の性格について自己分析してみて、感じたことである。

 私は、内向型である。心のベクトルは内面を向いている。自分の感情を客観視しないと気が済まない。愛想が悪いと、身近な人によく言われる。しかし、宴会部長と言われる面も有している。そして、日常の人間観察が好きである。

 このように外向と内向の両方を有しているが年齢を重ねる度に外向のパーセンテージが増えていくのを感じてきた。長年に渡る環境の変化により、次々と脱皮をしてきたのである。昔と今では、ずいぶん性格が違ってきている。

 なるべく簡単に述べてきたつもりであるが、わかっていただけたであろうか。ユングの言うところの意識・無意識とは離れて、だいぶ我流になってはいるが、この考え方によりマッチングについて語っていこうと思う。

 初デートの男女が、カフェで待ち合わせをした。誘った男性は、約束した時刻の30分前から来て待っている。新たな環境に順応するために、時間を要するからである。内向型の特徴のひとつである。女性は、約束どおりの時刻にやって来た。だいたいこんな会話からスタートすると思う。

「待ちましたか?」
「いいえ、今来たところです」

 この時、彼女は言うとおりに受け取りはしないだろう。そして、自分はジャストの時刻に来たのだから、何の落ち度もないはずだと思うだろう。彼は、30分も前に来ていることがバレないか、心配しているはずである。

 外向型と推察される彼女は、初デートの相手に臆することなく、相手がどんな人なのかを知るべく、会話の主導権を握るはずだ。そして、お互いが相反する性格タイプであることに気づいていく。そして、自然に話し手と受け手の関係に納まり、交際がスタートする。

 そんなのはただの想像に過ぎないと言われるかもしれない。これは、「類は友を呼ぶ」とは真逆のケースだからだ。この場合、彼女の方から「どうもハッキリしない人ねえ」という結論に至って、この2人は交際には至らないという結果を想像する人が多いだろう。

 しかし、人の心は予想を裏切ることが多い。この2人は、男女交際から恋愛関係に発展して結婚に至る確率が高い。男性が内向型で女性が外向型という組み合わせは、意外なことにベストマッチングなのである。

 なぜ、そんなことが言えるのかという疑念を抱く人も少なくないだろう。ユング心理学の専門家の方にも、「何をタワけたことを!」と言われるかもしれない。これから私論を展開するつもりであるが、根本たる意識・無意識に意図的に触れていない。どうかご容赦願いたい。

 なぜ、2人はベストマッチングなのか。理由は、ユングの言う「相補性」にある。相補性とは、呼んで字の如く「お互いを補い合う性質」のことである。すなわち、マッチングが成功すると、互いのマイナス面をカバーし合う男女関係になり得るのである。

 極めて大雑把ではあるが、この2つのタイプの違いは、外部からの刺激をどう捉えるかで判別できる。外向型は刺激に鈍感なので強くて、内向型は敏感なので弱い。外向型は行動的だが思慮が浅い。内向型は思慮深いが、腰が重い。ここに優劣は全く存在しない。

 私は内向型で、妻は外向型である。休日になると大型ショッピング・センターに行く。私は単なるアッシー君であり、妻と娘たちは嬉々として店中を歩き回る。私は何も買わないで、行き帰りの運転を楽しむだけ。どうせAmazonで買えばいいと思っているからだ。

 自分名義の預金通帳やキャッシュカードなどは、全て大蔵省に預けている。食材が高い安いについて、何も知らない。しかし、家を新築する時や、3人の子どもたちの進路決定においては、最後の判断を委ねられた。お互いが得意とする役割分担が、明確になっているのである。

 ケンカはしない。というより、不毛なトラブルはなかった。内向型の私が、最終的には無言を貫く。尻に敷かれることを良しとしている。しかし、無理や我慢などした覚えがない。関わり合いは、出逢いの頃と変わらないままだ。極めてナチュラルなやり取りをしている。

 お互いの違いを熟知したつもりで、日々生活している。我が家の中心的存在だった「ちっちゃいものクラブ」も既に解散して、夫婦2人だけの時間が増えた。しかし、余計な気遣いは要らず居心地は良いので、それでいいと思う。

 もしも2人が同じタイプだったら、どうだったかと思う時がある。「あれ」や「これ」といった指示語だけで会話が成立する夫婦がいるらしい。同じことに気づき、同一性を求めてケンカが勃発することだろう。「類は友を呼ぶ」かもしれないが、平和な家庭は呼ぶだろうか?

 さて、あちこちフラフラと話してきたが、そろそろ結論に移行しようかと思う。生まれも育ちも違う赤の他人である男女の出会いは、考えてみれば困難極まりないことである。どうしたら、より良いマッチングに出会えるのだろうかと、思い悩む方々も多いことだろう。

 究極的な言い方をすると、ベストマッチングは、偶然が支配している。自分にピッタリ合う人を探すのもいいが、見つかる確率は極めて低いと考えるのが現実的である。しかし、出逢いの場面は必ず誰にもやってくる。私は、それは磁石に似ていると、勝手に思っている。

 磁石の原理は、誰でも知っているはずだ。プラス極とマイナス極が、自然の原理でくっつくのである。私は、この原理を拡大解釈することにする。性格タイプが似ている2人に、磁力は発生せず、逆に反対タイプがピッタンコするのである。その出逢いのチャンスは、千載一遇。どこか神様のイタズラのようである。

 役に立つかどうかは不明だが、ケース・スタディの材料を2つほど紹介してみようと思う。

 職場のお局様から気に入られて、次から次へとお見合いを強要されていた後輩がいた。あまりのしつこさに辟易した結果、同じ職場の女性職員に頼み込み、偽の婚約相手になってもらった。頼まれた彼女も、お局様からの尋問に耐え抜いた。そして、お見合い攻撃は沈静化した。

 その様子を見ていた彼は、徐々に感謝の気持ちが変化して彼女に強く惹かれている自分に気づいた。遅ればせながら、惚れていることに気づくと、即座に告白。そして、本当に婚約して結婚に至った。彼女も、嫌々引き受けたわけではなかったそうだ。ごちそうさまの話である。


 私は、36歳の時に結婚した。その馴れ初めは秘密であるが、合コンで知り合ったとでも言っておこうと思う。出逢って2ヶ月後に婚約、5ヶ月後に結婚した。スピード婚とからかわれた。高校時代からの仲間の中では、ラスト・バッターだった。

 ただ、35歳にならんとしていた時、一大決心して実行したことがあった。仕事に追われるばかりの生活に疑問を感じて、10年無事に勤めた自分へのご褒美を買った。それは、外車のVOLVO850R。車両本体価格が600万円!身の程知らずと言う人が多かった。まるで翌年の長距離ドライブを見据えて買ったようだとも言われた。単なる偶然の結果なのだが。

 
 彼も私も、内向型である。ベスト・マッチングの前には、何かがある。内向型は、行動力に乏しい。しかし、それぞれ思い切ったことを実行している。つまり、自分とは相反する性格タイプ的な行動をしているという共通点がある。

 マッチングは、偶然やってくる。しかし、当人に磁力を発生させる行動が必須事項なのだ。恋人募集中の人、結婚願望のある人は、騙されたと思って思い切った行動をすることをお勧めする。「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる」と言われているではないか。

 私なんかにできることが、あなたにできないはずがない。さあ、決心して始めよう!








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