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☆24.面白いことを迎えに行く。

おはようございます。

下駄生活にも慣れてきた昨今ですが、ここにきて踵の痛みに苦しむようになってきました。おそらくは「靴擦れ」的なことだと思います。普段ふわふわのソールを履いている事が木の板に変わっただけでこんなにも踵がやられるということに文明を感じずにはいられません。良くも悪くも。


話がそれました。


今回は、「面白い事が起こるのを待つのではなく、迎えに行く」というテーマで話したいと思います。

正月に教え子と再会して少しばかり話をしたのですが、その時の話があまりにもたくさんの得るものがあったので、少しだけ共有したいと思います。


きっかけは手紙。

そもそもの始まりは、何かの拍子にその卒業生の名前で検索をかけて「絵本を出している」ということを知った事でした。高校時代から変人揃いの芸術クラスの中でも抜きん出た変人であった彼でしたので、すぐに絵本を買い、絵本の感想とともにいろいろな気持ちを詰め込んで手紙を送りました。送り先は出版社でしたので返事が来るなんて思ってもいなかったですし、欲しいとも思っていなかった。

ところが忘れた頃にやつはやってきました。私が脚本サイトに本名名義で登録していたところを通してメールをくれたのです。それをきっかけに会うことになり、元日の東京駅で再会しました。会おうとする相手に元日を指定する常識はずれが彼らしいですし、私は稚内帰りでちょうど良かったので、奇跡ってそういうものですよね。


「千の朝日を迎えに行く」という考え方。

彼は言葉があまり得意なタイプではありません。だから会話の最初はギクシャクしたのですが、確信めいた部分の話に入った途端に急に景色がひらけた感覚になりました。生きている場所や目的地は違いますが、「目的地に向かうための手法」は割と似たような部分があったのです。彼は天才で私は凡人なので質・量・スピードはまるで違いますが、私としては本当に珍しく「話が合うかもしれない」と嬉しくなったんですよね。

私で言うところの「千の朝日を迎えに行く」という考え方。千の夜を越えるなら朝日は千回昇るけど、部屋に閉じこもっていたら朝日が昇ってもわからない。だから朝日は迎えに行かなきゃいけない。自分の足で。

そして、常に運がいいと言い続ける。運が悪いと言っている人には悪い運が集まる。目の前の現象を運がいいとも悪いとも受け取れるわけだから、何が起こっても運がいいと言い続ける。私が去年病気退職したことを運がいいと言ったように。

こうした話を聞いた彼は、「そんなの当たり前ですよ」と言わんばかりに色々教えてくれたんです。彼は天気は自分で作ると表現していましたが、雨の日だって楽しくできるわけですよね。


天才とは"自然に逆らわない"ということ。

そんな中で気づいた事があって、「天才とは”自然に逆らわない”生き物なのではないか?」ということ。いわゆる現実を受け止める、と言いましょうか。社会で生きているとどうしても他人の目が気になったりとかするわけですけれど、彼は一切そういうことをしない。彼は普通であることをとことん拒否して、それは日々の生活でも自然と実践しているようです。

私が意識してようやく1回できるかどうかということを、彼は毎日歯を磨くくらい当たり前にやっている。彼の目線の先にあるものをどう面白くするかしか考えていない。よく、「何か面白いことないかなあ」と言いながら何もしない人っていると思いますけど、私はそれに対して「面白いものは自分から感じに行くもの」とあちこちに顔を出して行動しているわけです。千の朝日を迎えに行く理論で、自分からとにかく動き回って、そこにある面白さを感じ取るんだと。

ですが彼は「目の前にあるもので何をしたら面白くなるかを探す」ということをしていました。よく哲学者や画家などの話で散歩が好きだというエピソードを聞いた事があるかもしれませんが、彼はまさしくそれを実践していたんですね。私は行動範囲が大きくなりがちですが、彼に言わせれば散歩ひとつとっても、楽しいもの面白いものはたくさん転がっているのだというわけです。

自然に逆らわず、目の前にあるものを受け入れる。そしてその「受け入れ方」の試行錯誤をずっと繰り返しているんですね。どうやったら面白くなるか、と。


話題を"持つ"のではなく、話題を"作る"。

そんな彼の思考と行動が、私に重なる部分があったことが本当に嬉しかった。目指すものは違うけど、とっている(とりたい)行動としては似たところにいたんです。

私の場合は「その行動をとり続けて千の朝日を迎えた時、私や生徒たちはどんな姿をしているんだろう」というもの。過去には"失敗の教科書"以上の価値はない。今がどうであるかは重要じゃない。これから何をするか、そしてそれをやったら千の朝日を迎えた頃=3年後にどんな姿をしているか。私はそこしか見ていない。……厳密には、そこしか見ないように努力している途中ですが。

だからこそたくさん試行錯誤が必要だし、その試行錯誤が話題になるわけです。ワークショップを主催するのはまあ勇気がいりましたが、「その話聞かせて」と言われることも増えましたし、ワークショップとて試行錯誤の序の口に過ぎないということを忘れてはいけないなと感じました。

テレビ番組やゲームコンテンツ、推し活……人は様々な話題を「持とう」としています。そしてお互いの持っている話題を見て友達を選んでいるように思います。私もかつてはそうでした。ですが、何度やっても話が合わなくて孤立していくことの繰り返し。孤立は私の傍若無人な振る舞いにも原因があるのでそれは10:0で私が悪いのですが、話が合わないことにはちゃんと理由があったんだなって気づけたことは救いになっています。

話題を「持つ」って苦しいんですよね。持てる量には限界がありますし、話題は無限に供給され続けます。そして同じ話題を持っているからと言って話が合うとも限らない。私が「趣味は手紙を書くこと」と言っているのも、話題を"持つ人"になることを避けるためだったりします。

そして何より怖いのが、話題を"持つ"ということは、その話題は"過去のもの"だということ。過去を持つ事が悪いことではありませんが、おそらく問題なのは「過去を持っている自覚がない」ということ。二次元オタクコンテンツを推していた一番の失敗は、キャラクターは歳を取らないから、一緒に自分の時計の針が止まったことに気づけなかったこと。まさしく浦島太郎の竜宮城と同じ現象が起こっていたんです。コンテンツは推し活をされている方がいるからこそ成り立つものですので感謝すべき存在です。が、一度浦島太郎を読み返してみるといいと思います。何が怖いって、


自分が歳をとっていたことに気づくのは、"竜宮城から出た後"なんです。


出会いはいつも、自分に見合っている。

ゲッターズ飯田さんがよく使うこのフレーズ。私は本当にその通りだと思っています。彼は教え子ではありますが、これが3年前だったら彼の話を笑っていただけで終わると思います。そうなれば彼にとって得るものがない。今回とて彼に得るものがあったかと言われれば、私がもらってばかりで終わってしまったような気がしていていますし、むしろ彼に学びにいきたいくらいです。

経営者には経営者の友達が多いと言いますし、自分に彼女さんがいたときは、よく関わる人たちもみんな彼氏彼女がいる人たちだったり。今の自分はどうかと言えば、喫茶店を始めた人、絵本作家、画家、ワークショップの主催者などなど、自分から何かを起こしている人たちと関わる事が多い。これらはきっと偶然じゃないと思うんです。そして、素敵な人たちと出会えば出会うほど、自分が小さく見える。だから私は行動しなくちゃいけない、学び続けなくちゃいけないって思わされるんです。

もちろんそうした利害を超えて長い付き合いの親友がいるというのは素敵なこと。ですがそうした長い付き合いを利害なくできるということは、それだけ外の世界とのつながりが広くて、"親友との関係に固執しない環境"が整っているからだとも思うんです。今まで自分に親友と呼べる人がいなかったのは、つまりそれだけ自分の世界が狭かったからだったのかもしれないと今では思います。


「届かない手紙を書く」という最強のイタズラ。

でもどんなに悔しくても、今できることを一つずつやっていくしかありません。何かの活動に参加してみることだって、勇気を持って飛び込むという意味では新しい行動です。そうした「小さいかもしれない行動」を繰り返していくことで、千の朝日を迎える頃には景色が変わっているんです。

私はこのnoteを通して、「愛すべき"あいつら"」に手紙を書き続ける。別に誰も興味ないかもしれません。でももしかしたら私の姿を追いかけている誰かがいるかもしれない、だからやめる理由がありません。そのための劇団千の朝日ですし、私が大口叩いてあいつらに言ったことを嘘にするわけにはいきませんからね。

あとシンプルに、届かない手紙を書くのってすっごく楽しいんですよ。届かない事がわかっているからなんでも書ける。それに「まあ死んでも手紙書いてるしな」と思えるだけで気持ちがすごく楽になる。届かない手紙を書くと色々な意味で思い残す事がなくなるというか、心の荷物を下ろせるんです。だから挑戦しやすくなる。私が死んだ後に私の引き出しを開けた誰かが、ぎっしりの手紙に頭を抱えるところを見てみたいですね。

それに、読めるもんなら読んでみろ〜ってイタズラしてるみたいで。そしてイタズラしてるんですけど、届かなかったとしても私の負けだし、届いたとしても恥ずかしくて私の負けです。

「私が勝てると思ってるのか。ぜってー負けないからな!」


とかなんとか言いつつ、途中で投げ出したら笑ってあげてください。



ここまで読んでくださったあなたに、素敵な朝日が昇りますように。

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JUNKI HIROKAWA
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