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栗花落(ついり) #シロクマ文芸部
雨を聴く、それが雨宮家に代々受け継がれてきた仕事だ。
雨聴き、ご用聞きに似ているが少し違う。雨の目利き、あめ+めききでぎゅっと縮まって、雨聴きとなった。先代志のぶさんがとてもハイカラな方で、名刺に「雨ソムリエ」と書き始めた。それで、志づかも自分のことを「雨ソムリエ」と名乗っている。
どんな仕事なのか察しの良い方はお気付きかもしれないが、簡単にいうならば、その人のその時にぴったりの雨をもたらす、そんな仕事だ。世界平均の2倍ほどの雨が降るこの国では雨が季節を形作っているのだから年柄年中忙しい。冬は比較的落ち着いているものの、雨の多い国への海外研修も欠かせない。
栗花落した今日、雨がぽつぽつと窓を小さく鳴らしている。雨の粒を纏ったガラス越しに映る庭の緑は鮮明で、志づかは、ふと見惚れてしまう。ふと今抱えている顧客の一人が頭に浮かんだ。
*
高山杏子は届いたばかりの白い箱に結ばれたグリーンのオーガンジーリボンにそっと触れた。雨ソムリエに仕事を依頼したのは八十五歳になった時のことだった。
夫とお見合いした日に一緒に歩いた時間を鮮明に思い出したい。
それが、依頼の内容だった。そして、箱についていたメッセージカードにはこう書いてある。
高山様
若葉雨をお届けいたします。
どうぞお楽しみくださいませ。
雨ソムリエ 雨宮志づか
杏子はそっとリボンをほどいて箱を開ける。なぜ、志づかは私たちが歩いたのは若葉の季節、さらさらと雨の降る小道だったと知っているのだろうと考えながら。美しい記憶に結ばれた夫の横顔に触れるようにそれは大切そうに。
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小牧部長、今週もありがとうございました。お題が素敵すぎて、とても楽しませていただきました。雨ソムリエになりたいわたしです。
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ご存知の方も多いかもしれませんが、わたしは雨が好きです。心の底から落ち着きます。雨だったら紫外線も気にならないので、散歩がしやすいかもしれないと最近思っているところです。