
納骨への道③京都で会おう
納骨も、お墓をしまうのも、いずれは、私がおばあさんになったとき・・・
ずっとそんな風に思っていました。
けれども、母が病を患ってしまいました。
私はこの1年ほど、母の病気が進行する前に、母の大好きな京都に連れてってあげたい、と考えるようになっていました。
しかし、母はこれまでずっと、20年近く、重い病気の父を置いて出掛けることはできないと言って、遠出するのを拒んできました。
そんな母が最近口にするのは、近所のお寺への志納金が高すぎる、ということでした。
祖母のお骨を供養してくれているお寺には、年に2万円おさめています。
それが相場として高いのか安いのか、私には分からないのですが、お寺の住職さんはそのことをよく承知で、うちはどうしても維持管理費が掛かってしまいますので、うちから別のお寺や大谷本廟に納骨するという方、たくさんいらっしゃいますと仰っていました。
ひょっとすると、祖母の納骨のためなら、母も出かける気になるかもしれない。
そこで、「京都に納骨に行こうか?それなら、もうあのお寺にお金はかからないよ。それに、遊びに行くというよりも、やるべきことをしに行くという感じで、母も行きやすいんじゃない?」とダメもとで言ってみたところ・・・
それなら行く、とすんなりと同意したのでした。
これには私も正直、「え、ほんと?」と一瞬戸惑いました。
あれこれ調べてはいたけれど、実際には私がおばあさんになった時にしようと思っていたので、まだ早い気もするけれど・・・
でも、今年のお盆の頃には、笑っている祖父母の夢を見ました。
こんなことは、初めてでした。
思えば、昨年に祖母の13回忌は済んでいます。
もしかしたら、もう京都へ行ってもよいタイミングなのかもしれない。
いや、きっと祖母が、そのタイミングだ、母を連れ出せと言ってると、段々確信めいたものを感じるようになりました。
そこで、東京の家族に連絡し、元気な母に会えるのはもう数少ない機会かもしれないから、京都で会おう!と誘ったのです。