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[放送大学2024年1学期まとめ]じんわり幸せを感じる「知覚・認知心理学」

10月に入り、2学期が始まった中途半端なところで、1学期を振り返ります。
本当は夏休み中にと思ってたんですが、なにかと混んでいてこのタイミング。

放送大学に入って2年目の1学期。大学の仕組みにもだいぶ慣れて、今年に入って本格的に心理学を学び始めました。1学期は欲を出して、放送授業3科目、面接授業2科目。

面接授業は実際に学習センターまで足を運んで、2日間みっちり授業を受ける完結型。私の受けた2科目はレポートや試験も2日目の授業内で済ませるので、この2日間を乗り切れば完了です。
放送授業は15回、テレビ(またはラジオ)やネット配信の授業を好きな時に受けるスタイル。途中で課題提出があり、最後に単位認定試験を受けて、受かれば単位獲得です。週一回の放送の他にネット配信があるので、面接授業と同じノリで一気に受けてもいいんですが、面接授業の倍=15回あるのと、印刷教材(テキスト)と放送授業があってボリュームタップリ。授業自体は45分だけど、普通の対面授業と違って、構成も無駄がなく脱線もせず、対面授業で発生する板書やスライドの準備にも時間は取られず、容赦なくすすみます。

放送授業は面接授業に比べてボリュームたっぷりで、どうしてもロングスパンのおつきあいになります。だから相性(?)というか、興味が続かないと辛いかも。

そういう意味ではバッチリだったのがこの「知覚・認知心理学」(放送授業)でした。

こういう授業を受けたかった

「考えることを科学する」という大テーマで講義は進みます。

印刷教材の前書きにもある通り、「知覚」と「認知」は別物なので、脳の基本的な仕組みがあったかと思うと、もっと高次な推論や判断・意思決定の仕組みなどがあって、科目としては少し混乱している感もあるけど、どっちもすごく面白く、1科目で学べるのはある意味お得。毎回毎回、こういうこと勉強したかったんだよなと思うことばかり。

心理学を学ぶにあたって、きっと基本的な科目なんだろうな…という推測でとった科目でしたが、大正解でした。

中でもこれは面白いなあと新鮮だったのが、「判断と意思決定」と「シナプス刈り込み」の話でした。

判断と意思決定の計算

第11回の「判断と意思決定」では、「判断と意思決定を科学する」と題して、理論を紹介しています。

これの面白いところは、日常生活において何を選択するか、という選択肢を図に表して、そこへ数値を当てはめていくんですね。これが売上などといったもともと数値で表されるものとは違い、何をするかの選択なので、あくまで主観。

うまくいくか行かないかの可能性自体も根拠があるようなないようなだし(主観的確率)、その結果の利得(または損失)も主観。それでも当てはめて、どうするのが一番いいのか計算するのです。これはなんだか新鮮でした。

でも考えてみると、私たち、こういう計算って意識せずとも確かにしているんですよね。

私も子どもの頃、数値を当てはめこそしなかったけれど、自分の進路について計算していました。

つまり、雇用機会均等法以前の当時、一般的な女子と同じように高校を出て就職した場合の効用(お茶汲み)、お茶汲みを続けて定年まで勤めた時の効用(女子だと定年が早かったり、スキルが身に付かなかったり)。こちらは成功確率は高いが、効用は著しく低い。

対して4年制大学に行ける確率(学費問題)や卒業して就職できる確率(4大卒女子の就職は難しいとされていた)や希望の職を得られる効用(就職できてもやっぱりお茶汲みかも)などなど。こちらは確率も低く、効用も高くなく、ちょっとギャンブルっぽい。

それで他の選択肢を見つけた=デザイナーになったということなんですが。

ちなみにこのギャンブルについても、どういう人が大きな賭けに出やすいか、というのも説明されていて、そちらも興味深かったです。

結局私は(進路に関して)ギャンブルに出るほど、極端に恵まれていなかったってわけでもなかったってことなんだな、と妙に納得してしまいました。

社会人になっての学びは、こんなふうに自分でも経験している事柄に説明がくっついてくるようなものがぞろぞろ出てくるところが面白い。(私のこの例は高校からストレートで大学に入っていたとしても既に経験していることではあるけど、時間が経ってるから客観的に振り返られるというのはあると思う)

シナプス刈り込み

脳ってすごい仕組み持ってるんだなあ、と思ったのが、第14回「知覚・認知の発達」で紹介されていたシナプス刈り込み。

神経ネットワークを形成するシナプスは、成人よりも生後8ヶ月から12ヶ月のほうが多い。この頃がピークで、徐々に減り始めるんだそうです。

それ以降は必要なシナプスが強化されて、不要なものが除去される。だから、この頃できていたことが、成長してできなくなることもある!ということ。

赤ちゃんのうちはサルの顔を(人の顔と同じように)識別できるとか、(日本人の赤ちゃんでも)LとRの音を聞き分けられるとか、おお!と驚きながら、勉強しました。

大人になるにつれ、自分の環境でより効率よく脳が働くように、カスタマイズされるんですねー、すごい。

確かに情報量が多すぎても、肝心なことがうまく伝わらないことがデザインの仕事でもままあり、気をつけているところ。見る人に負担をかけてしまうし、下手すると丸ごと無視されるということが起きてしまうのです。

乳幼児の時だけでなく、もう少し大きくなってもこれと似たことは起きるんじゃないかなとも思いました。

子どもの頃は理数系得意だったのに、勉強しても意味ないかもと思った途端に本当にあまりできなくなるとか。無意識にこの部分の神経ネットワーク閉じちゃったんじゃないだろうか。

今、また無理矢理こじ開けようとしているところなんですけども。

突然はじまる一人芝居がツボ

授業内容とは別に、授業スタイルそのものも楽しいポイントがありました。主任講師石口先生の突然始まる一人芝居。

こればかりは授業を見ていただかないとわからないと思うんですが、小難しい話をしている途中で、表情も変えずにいきなり何気なく始まり、何事もなかったかのようにすっと終わるので、結構ツボでした。

こういうのって対面式の授業だとたまにあると思うんですけど、これを放送でやっていただけるところがポイント高い。楽しすぎる。

何度でも聞きたい決まり文句

放送大学の特徴だと思うんですけど、1科目でも数人の持ち回りで授業が展開されているものが結構あるようです。この授業もそのスタイル。

なのですが、石口先生はじめ全員が、授業の一番最後に

「ごきげんよう、さようなら」

と必ず同じ締めの言葉をおっしゃるのです。これがまた良い。

ちょっと古風な、今どき日常では聞けないような上品さ。先生ごとに言い方も微妙に異なり、個性も出て味わい深い。
良い授業を受けられて幸せ!という気持ちで終わることができるのでした。

講義全体に統一感も出るし、記憶に残るし(さすが知覚・認知心理学!)、良いアイデア。クセになるので何度も観てしまうし、広告手法に近いものがありますね(そういう意図かも?)。


1学期のまとめですが、残りは2学期の途中でポツポツ入れていこうと思います。よかったら、またご覧になってください〜。

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