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時間と海を超えて。 2つのサヴィニャック展

先月からnoteのメンバーシップ「オトナの美術研究会」に参加させていただいています。そちらの企画で「思い出の展覧会」の記事を投稿するお題が出たので私も書いてみることにしました。

というわけで、今までしてきた仕事や勉強の話は今回はお休み。

2001 Paris

フリーランスになる前の数年間、毎年長めに休暇をとってフランスへ旅していました。

パリに滞在して、その間に荷物をホテルに預けてもう一箇所の小旅行。パリにいる間はいつもはできない普通の過ごし方をして、小旅行中は普通の人の週末みたいなイメージでしょうか。年中働き詰めの会社勤めのデザイナーには束の間の、ちょっとした夢の日常生活。

ある時、知人から紹介されたパリ在住の日本人女性に現地情報として「きっと好きだと思うよ」と教えてもらった展覧会。それがサヴィニャック回顧展でした。私がデザイナーということですすめてくれたのかもしれません。

2001年でまだネット情報なども活発ではない頃のこと。ポケットサイズのパリの地図を頼りに、もらったメモの住所を見ながら辿り着きました。彼が手がけたポスターはなんとなく知ってはいたものの、一度に大量に見て、名前と一致したのは初めてでした。

レイモン・サヴィニャックはフランスを代表するポスター作家。彼がつくりあげるポスターは、ワンアイディアでとてもシンプル。それだけにとても力強く、印象的です。画面構成もイラストもコピーも見事に完成されていて、まさに「作家」の仕事。

この「ポスター作家」というのは今ではあまり馴染みがない言葉ですよね。今、商業的なポスターを制作するのは(おそらく一部の例外を除いて)作家ではありません。

クリエイティブディレクターやアートディレクターのもとで、グラフィックデザイナー、コピーライターがつくりあげ、ビジュアルによってフォトグラファー、イラストレーターが加わる。アイディアを持ち寄る時にデザイナーがコピーを書いたり、コピーライターがラフを描いたり、役割を兼務したりと境界線はあいまいなこともありますが、上記が基本の流れ。つまり分業するのが一般的で、特に大企業の広告であれば尚更です。

サヴィニャックの頃はどうだったんでしょうか。上記の全部を担当しているように見えるけど、図録を読んでもあまり具体的には書かれていません。ただ代理店により仕事の規模が縮小されたというくだりを読む限り、どうやらその大部分を担っていたのは間違いなさそう。彼のスタイルが70年代以降の代理店の台頭に馴染めなかったのは、なんとなく想像がつきます。

彼のポスターを見ると、驚くほど情報が少ないことに気がつきます。時に心配になるほど最小限で構成されており、だからこそアイディアやユーモアが魅力的なイラストによってストレートに最大限に生かされているようにも思えます。

ただ、こうしたことはおそらくサヴィニャック以外(サヴィニャック以降)でも見られることで、私自身、80年代に初めてヨーロッパに行った時に、街のあちこちに貼られているポスターがとてもシンプルなのに衝撃を受けました。日本でももちろんすっきりとポスターらしい情報量のものもありましたが、当時は情報盛りだくさんの壁新聞的なポスターも多く、そこはものすごく羨ましかったのを覚えています。諸事情あるので一概に言えませんが、少し大袈裟に言うと国民性の違いのようなものも感じました。

だけど日本でも昔のポスターはシンプルな構成だったよねと思って、ふと、学生の頃に古本屋で買った「デザイン体系 第一巻 ポスター」という本を出してみました。

「飲料、煙草のような嗜好品ポスターはなんといっても日本の作品に比べて海外作品に優れたものが多いのは、作家の貧困というよりも、その企画性の問題である。有名商品であればあるだけ従来の形式にこだわり、又特にその商品の販売を取り扱う問屋の意向を考えすぎる様な習慣はどんなものか。(中略)ジャック・ナタンやポール・ランドが、こういう商品ととりくんで、いかにのびのびと仕事をしているかを見れば、日本の多くの作家が、デザイン以前の問題で必要以上に苦しんでいるのがわかるのである」

「デザイン体系・第一巻 ポスター」原弘、勝見勝、河野鷹思 編著 ダヴィッド社

文章中には名前が出てきませんが、この下にサヴィニャックのCINZANOのポスターの図版があります。この本が出たのが1954年。この頃からこんな葛藤があったんですね。表現は古いけれど、頷けるところもあります。「デザイン以前の問題」は普遍のテーマで、デザイナーはそれとうまく折り合いをつけたり、逆に生かしたり、時に戦う必要があります。

ちょっと話がずれました。

サヴィニャックの作品は、そのユーモアとカラフルで大胆な色づかいも魅力です。パリの古い街並みに貼り出されたポスターの数々は、一段と目を引く存在だったことでしょう。狭い路地をくぐり抜けた先で、カラフルでポップなポンピドーセンターを初めて目にした時の、あの感じに近かったんじゃないか、と想像しました。

展示されたポスターはどれも素晴らしく、分厚い図録も購入。同じく手に入れたポストカードは帰国後、額に入れて飾りました。2001年以来、少し色褪せながらも、今でもずっと私の部屋にあります。

2018 Tokyo

時は流れて2018年。一番行くことの多い練馬区立美術館で「サヴィニャック パリにかけたポスターの魔法」が開催されると聞いた時は驚きました。

フリーランスになる直前にたまたま滞在中に訪れた展覧会。その後、独立してなかなかパリに行けなくなった私のために来てくれるのでは?とうっかり信じたくなるほど。タイトル通り、魔法のような出来事。

練馬区立美術館を皮切りに各地を回った展覧会なので見た人は多いかもしれないですね。パリの街並みはついてきませんでしたが、練美らしい演出も楽しい展覧会でした。せっかくなので写真多めで振り返ります。

チラシとチケット。タイトルの入れ方が大胆。

練馬区立美術館では展覧会自体のポスターを安価で販売することも多く、よく購入して部屋に貼っていますが、この時は出遅れたために売り切れだった覚えがあります。代わりにサヴィニャックのポスターを数種類買いました(そちらも結構売り切れていた)。

ロビーのあたりは撮影可。展覧会のために毎回つくられるゲートが楽しみ。
フランス語のタイトルは SAVIGNAC l'enchanteur。enchanteurというのは魔法使いのことですね
駅から美術館までの道には楽しいフラッグ。
日本の街並みにサヴィニャックはちょっと不思議な風景。「パチンコ」の破壊力がすごい。

図録も購入しました。並べてみると日本の図録の方が幅がちょっと広く、パリの方が分厚い。

パリ版はよく持ち帰ってきたなあと感心する重量感。
日本版はどこもかしこもかわいらしくできています。

一番違うのは表紙に取り上げたポスターのセレクトと色づかいでしょうか。

日本版は黄色のバックに、表紙はウット毛糸のポスターから、裏表紙にはパリ誕生2000年記念のポスターからエッフェル塔と男女を、どちらも切り抜きで配していて、明るくかわいらしい仕上がり。日本人が考えるパリらしさってやっぱりこういう感じ?というふうで興味深い。対してパリ版はダークブルーで表紙、裏表紙ともおじさん(笑)。

パリ版は作品掲載点数が多くて圧巻。日本版はサヴィニャックの作品を系統立てて解説しているので、読み物として面白い構成になっています。当然日本語なのですらすら読めるというのも大きいですが。

こちらは裏表紙。

久々に思い出して書いてみましたが…パリにまた行きたくなった!


2018年当時、ブログにもちょこっと書いています。


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藤原ユカ| L'escargot Design
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