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ガースーは新型コロナ対応の鳥取モデルに学べ〜(おまけ)感染拡大の本当のモデルとは

新型コロナウイルスも飛沫感染を主とする感染症の一つに過ぎない。だから正しい対処方法が間違いなくある。それによって感染拡大の制御ができ、失う命を最小化できる。

厄介なのは、風邪と同じだから、とても移りやすい。移りやすいから風邪というのだ。また、高齢者には怖いインフルエンザよりもさらに死亡率が高く、死ぬのは高齢者だけではない。しかも恐ろしいことに無症状感染者が感染を拡大させることもあるときている。でもそれは、昨年の2月には分かっていたこと。

対処方法は最初から決まっていた。三密対策は、日本人には合っていて、ロックダウンができない日本でも効果があるように見える。ところが、コロナは感染力が強く、それだけでは制御不能だ。無症状感染者がいるのだから、それを見つけるには検査をするしかない。風邪と同じようなものなのだから、大量の感染者が出るに決まっている、平時の医療体制では到底及ばない、だから有事の医療体制の確保をするしかない。ワクチンも特効薬も無い状況では、この2つの事しかできることはない。最初から分かっていた事なのに、厚労省(と医系技官などの「専門家」)は徹底してこの2つを妨害してきた。検査は露骨に反対し、陰に陽に妨害し、感染症の2類相当に指定する事で医療体制の構築を極めて困難な状態にした。

ところが、鳥取県の平井伸治知事は、当初から当たり前のようにこの2つに腰を据えて取り組み、全国一のレベルにまで育て上げた。検査機関・病床数どちらも人口当たりで全国一だという。これこそ、感染制御のお手本だ!
 鳥取県の感染者数のグラフを見ると、成果は顕著だ。クラスタが出て感染者数が一気に増えても、すぐに収束するのだ。ダンプのよく効いた高性能スピーカーのようだ(イミフ)。

日本の首長の中で、数少ない科学的な頭脳を持ち、実行力の優れた人だと思う。最近は流石にいないかもしれないが、昨年は、検査をしたら感染者が見つかってしまうから検査をしないと真顔で言った首長がいた、というか、感染症の「専門家」まで、そう言っていた。
 日本の政治家は専門家を使う術を知らない。まず、医者は感染制御の専門家ではない、病気を治す専門家であって、制御のことは何も知らない。このような制御は工学や、社会科学のテーマだし、物理学者や数学者が得意とする分野だ。多くの人が誤解しているが、医者は科学者ではない。人を見るのが商売であって、自然を見ていないし、科学者がそうするように科学的態度を持って思考・推論してまだ起きていないことを予測して対処するなどということをしない。そんな創造的なことをしたら、様々な医療上の規則に抵触してすぐにクビになるのがオチだ。つまり、徹底的に前例主義で科学的な態度を取ることが制度的に許されていない。科学的な態度を取れる医者は、神の手と言われるような名医か、医師免許を剥奪されて追放されるか、どちらかだろう。つまり、感染制御の方策を提案する能力は医師免許を持つような人には最初からない。

ガースーは鳥取モデルに学べ。今からでも遅くはないから、5類指定に変更すると同時に手厚く医療機関に補助金を出し、重症者に対応できる体制を整えて欲しい。そしてとにかく検査して余計な手間を省いて素早く結果を本人に返すと同時に、身近な人に検査を促すように依頼することだ。そうすれば相当程度制御が可能になり、人々の不安は解消するだろう。
 今は、一億総キチガイになりつつある。埼玉県坂戸市の市長はオリンピックで日本が滅びるとまで言った。楽天の三木谷会長もオリンピックは自殺行為だとまで述べている。本当に頭がおかしくなってしまっている。
 平井伸治知事のような人が大阪府知事であったら、大阪はこんなひどい状態にはならなかったのではないか。吉村知事は嫌いではないけれど、イソジンとか普通はハナっからオカシイと分かるのだが、科学に少し弱いようだ。また、重症病床数の推移グラフを見ていると、如何に府の有力者達が吉村知事を舐めているかが透けて見えてくる。吉村知事は必死に重症者病床の確保のために走り回ったに違いないことは想像に難くないのに、ちょっと可哀想だ。おまけに府の職員たちが大人数の飲み会多数開催とか、哀しみを誘う。。。

閑話休題。
科学的な見方をする人には多いけど、緊急事態宣言は意味がないとよく言われる。私もほとんど意味がないと思っている。なぜなら、実効再生産数の変化率が下降を始めてから宣言が出されるからだ。ひどい時だと日別の感染者数がピークを打った後に出される。

実行再生産数の変化率が下降を始めていて、その下降の変化率が小さくならないなら、必ず遠からず頭を打ち感染者は減っていく。微積分を知っている高卒以上の人なら全員、当然そういう結論になるはずなのだ。問題は、なぜ下降を始めるかだ。メディアがコロナで危機感を煽った結果、一般人が気を付けるから、という人もいる。もちろん、そういう面もあるし、制御の重要な要素だ。全ては多様なことの重ね合わせだから。

でも、私は、最も重要なポイントは、どれだけ「蔓延」したかだと考えている。接触の多い「コミュニティ」でコロナの火の手が上がった時、それを止める手立ては全員検査をするしかない。しかし今の日本では誰もそれをしないから、感染はどんどん広がる。でも、誰にでも広がるわけではない。対策の緩い、特定の「コミュニティ」の中だけで広がる。静かに始まり、急速に広がり、蔓延し、やがて静かに火の手は引いていく。それは「コミュニティ」が集団免疫を獲得するか、構成員が亡くなってしまった時だ。
 人のコミュニティは単に網の目のように平面的に繋がっているだけではない。ある個人は、同時にいくつものコミュニティに属しているものだ。だからコミュニティは立体的な複雑なグラフ構造で繋がっている。コミュニティのサイズはかなり小さいことが多いと思うが、大きいこともあるだろう。また、常に接触機会を持つわけではなく、一時的なことも多いだろう。分かりやすいのは、「家族」。同居の家族は常に接触を維持しているコミュニティで、この一員が感染するとかなりの確率で全員が感染する。また、同居していない家族は定期的に帰省して接触する機会があるという意味で、一時的な接触を持つコミュニティを形成する。ある地下アイドルのファンのコミュニティであれば、定期的なライブで接触を持つことになり、これも一時接触コミュニティを形成する。

ところで、日本人ならば、コミュニティ間は、普段は気を付けていて、そう簡単には感染したりしない。普通に対策をしていれば、社内の同僚ですら、仲良しでもなければ、そうそうは感染しない。それに、東京で毎日満員電車に乗っていても感染しないけど、そういうことなのだ。満員電車はコミュニティとはみなされない、ということなのだ。

ところが、普段は気を付けていても、一時的な接触の機会では羽目を外しがちだ。例えば、今年の正月は我慢をしていた人々が多数帰省しただろう。旧知の友達に会った人達も多かったに違いない。それで一時的な接触を持つコミュニティ内での感染が一気に広がった。しかし、年末年始のイベントは一瞬で終わる。未曾有の感染者数を煽るメディアのおかげで誰しも気を付けるから、コミュニティ間の伝播はほとんど起きなくなり、すぐに主として家族の小さなコミュニティ内に蔓延して終わったのだ。

これら、多くは小さなコミュニティが作る蔓延のサイクルの重ね合わせが、大きな波を作る。ある程度緩みが生じている時には一時的な接触コミュニティができやすく、それが連鎖してどんどん感染が広がっていく。しかし、継続接触するようなコミュニティは限られている。したがって、時間の問題で必ず蔓延し、自然に山は引いていく。

しかし、波の山が来るたびに、感染したコミュニティはどんどん多くの数に広がっていく。一つのコミュニティの人数自体は平均的には決して大きい数ではないので、コミュニティの数は無数にある。それが一時接触の時点から1〜2週間に1ホップくらいのペースで次第に広がっていくのだ。そのため、波が去った後、どんなに低くなっても底辺の感染者数は波が来るたびに増えていく。感染した継続接触コミュニティが波があるごとに増加し、また、コミュニティ間でも確率の問題で稀には感染が伝播するし、一時的な接触コミュニティも絶えずできているから、いつまでもノイズのように感染者数は一定程度残り、しかも増加傾向になるのだ。

このような、無数の小さい継続接触コミュニティが、重層的に構成される一時接触コミュニティでの感染を通じて感染が広がり、継続接触コミュニティ内で蔓延することが無数に繰り返された重ね合わせの結果が、今見えている全国の感染者数の波だと考えている。
 このような重ね合わせの波は、条件によっては長い周期で大きな波を作る。波だから、寄せては去るのだ。緊急事態宣言をするから減るのではない。

まだまだ日本には感染者数が少ないから、このような波がまだ何度も来る可能性がある。何度来たって、蔓延したら山は下降して行く。だから、大事なのは、真面目な人が多い日本にあっては、適度に気を付けること(一時接触コミュニティでの感染頻度を下げること及びそもそも対策により接触コミュニティを作らないこと)であって、緊急事態宣言ではない。宣言が出た時には、すでに蔓延の収束が確定している。

この波が終わるのは、当然、集団免疫を獲得した時だ。それまで終わらない。どうしても終わらせたいなら、完全なロックダウンを二週間して、全員検査して、また二週間ロックダウンして、を2回くらいすれば終わるだろうけれど、鎖国ができない今の日本ではそれも無駄だ。それに、そんなことをしても台湾のように出口戦略を失うだけだ。ワクチンの入手が難航している台湾はここに来て失敗しつつある。もっとも、同様に鎖国して封じ込めたニュージーランドは日本よりも接種が進んでいるようなのは大したものだ。

ところで、一時接触コミュニティが作る感染者が継続接触コミュニティで蔓延して終わる波の重ね合わせというのが私のモデルだが、すでに述べたとおり、満員電車は接触コミュニティではないのは実績からはっきりしている。もちろん、一定の低い確率での感染はあるだろうけれど、大した問題ではない。一般的な、真面目に対策している会社の社内も接触コミュニティとは言えないことが多いだろう(一緒に昼食を取るとかは厳しいけどね)。破壊的なのは、何と言っても「家族」と「旧知の友人」だ。だから帰省が一番やばい。一方で、現地の人と密な交流をするわけではないGoToは、大きな問題ではないはずだ。昨年のGoToでも、始まった時には波はもう来ていて、むしろ頭を打つくらいの時期に始まったわけだが、波を高めたようには見えない。飲食はかなりの危険因子だとは思うが、やはり飛沫感染(それもマスクで抑えられるほど大きな飛沫)がメインだと思われる現状では、換気とマスク会食の徹底をするとして、自粛を解禁して欲しいところだ。

というモデルが、西浦サンのようにバカのひとつ覚えみたいに単純に緊急事態宣言出してコントロールしないと42万人死ぬぞとか吠えて、吠えるたびに全く当たらないモデルより説明力あると思うんだけど、どうかな。

昨年来の事実の分析とここで述べたモデルから導かれることは次のとおりだ。
 まず、多くの人が気付いているように緊急事態宣言がなくても波は収束する。実効再生産数の変化率は、緊急事態宣言が初出される前から下がり始めているからだ。緊急事態宣言が関係ないとは言わない。波の高さと裾野の広さをある程度小さくする効果はあるだろう。しかし寄せた波が引くのは私のモデルからも、必然的に導かれることだ。緊急事態宣言はいずれ終わりにしなければいけないが、その際に人々は急激に緩む。急激な緩みは返って次の波を早める可能性すらある。
 感染拡大を制御するために必要なことは、人流の制限ではない。そんな大雑把なことでは経済的デメリットが大きすぎてバランスを欠く。重要なことは、「親しい」交流、それも普段はしない一時的な交流をどれだけ抑制するかだ。つまり、帰省をして普段会わない家族と同じ屋根の下で過ごしたり、旧知の友人と酒を酌み交わすようなことをできるだけ抑制するように、もっと具体的に告知するべきだ。そして、GoToはやってもいいくらいで、普通に旅行するだけの人が感染を広める効果は、心配するほどあるわけではない。
 感染の拡大は、一時接触コミュニティで起きる。継続接触コミュニティでは、構成員の誰かが感染してしまったら、日本のようなゆるい管理では制御不可能でコミュニティ内での蔓延は止められない。それでも、感染の拡大のペースはある程度ゆっくりしているから、素早く検査をしていけば、大きなコミュニティの中での蔓延は止められる可能性もある。また、一時接触コミュニティで感染した人が他の人に感染させる前に見つけ出すためにも、とにかく検査が重要だ。
 検査は、とにかく大量にやる必要がある。例えば、人口比で日本はオーストラリアの10分の1しか検査していないと言われている。オーストラリアは感染拡大の制御に成功している。まあ、各国ごとに事情は異なるのでそればかり強調しても仕方ないが、制御の手段としては接触しないことと検査で感染者を見つけること以外にないんだから検査をするしかない。しかも、大量に実施して素早く結果を本人に知らせる必要がある。
 検査にあたってやる一番無駄なことは、感染元を辿ることだ。そんなことをしても、感染元はとっくに他のコミュニティに感染を広げたあとなので、探すだけ無駄だ。必要なことは、感染者が接触した人に知らせて検査を受けさせることだ。ところが、保健所が調べようとしても、風俗で感染したような人はなかなか喋らないだろう。それを解決する一案として、感染者だけが配れるチケットのような物を配る仕組みを用意したらどうだろう。感染者だけが、例えば知り合いのメアドをキーとして電子署名したチケットを知り合いに送信できるようなアプリを提供するのだ。そのチケットから送信者を特定することはできないように工夫し、受け取った人は何の説明も無く検査を受ける権利を持てるようにするのだ。
 全く何の制限もなく検査を無料で提供しても効果が薄いから、このような匿名で検査に招待できる仕組みを用意すれば、効果的にフォワード型の検査を広げることができるのではないだろうか。そして、抗原検査など即座に結果がでる検査と組み合わせれば、良い成果を上げる可能性があると思う。
 良く、抗原検査は感度や特異度などの性能が悪いので、特に大量の検査は意味がないという意見がある。そんなことはない。例えば70%の感度でも70%も見つけられたら十分に効果があるし、検査で出ないほどしかウイルスを排出しない人は、そもそも感染させにくいだろう。偽陽性の問題は、改めてPCR検査するだけで解決する。

私はコロナが怖くないわけではない。しかし、現実問題として折り合いを付けなくてはいけないのであれば、合理的な策はここで書いたようなことではないか。その背景となるモデルについても述べた。今は、ひたすら無駄なことをしているし、できることをしていない。特に厚労省は罪の度合いが非常に重いので問題だ。彼らは、できることをしないばかりか妨害し、ワクチンの確保に失敗し、効率的な情報システムの構築機会も潰した。
 菅首相は、見ていて歯痒いけれど、ようやく動き始めた。
自衛隊に大規模接種場を作らせた。厚労省が動かないから。
総務省に自治体を動かさせた。厚労省が動かないから。
文科省にも大学を動かさせた。厚労省が動かないから。
次は企業にも協力してもらうという。どんどん進めれば良い。
 大規模接種会場の予約システム、整理券を配るくらいの意味合いしかないひどいものだが、ひどいものにしてしまったのも厚労省のせいだ。接種券番号に全国統一の採番ルールを設けず、チェックデジットすらない。もちろん、バーコードも義務付けていない。頭がDXとは真逆の世界にいる人しかいないのだ、厚労省には。
 厚労省は国策としてワクチンを作らなかったことだけでも大罪なのに、調達にも失敗した。いい加減な契約しかしないために結局調達は年末になると当初言われた。菅首相が厚労省を飛ばして動いたから確保が進んだのだ。もちろん米国の同盟国に対するワクチン外交という側面はあるだろうが。

今回の波は、現在収束しつつある。しかし、緊急事態宣言の効果は多少あるにしても、感染制御の専門家ではない「専門家」が声を荒げていうように、100人台になるまで解除してはいけないと言ったって、そんな時は集団免疫を達成するまでは来ない、ということなのだ。
 恐らく、1日あたり1000人の感染者を下回ることは無い。2000人程度で落ち着くのが関の山でも不思議ではない。それを余裕を持って対処できる医療体制の確保が絶対に必要だ。今確保した病床を解放せずに、逆に増やしておくことが大事だ。
 もう一回くらい大きな波がどこかできて、多分お盆の頃か、そうしたら、次はようやくワクチンの接種が追いついてくるのではないか。集団免疫は60%以上の接種が必要と言われていて、単純計算ではそうなるが、実際にはもっと少なくても十分に効果が出ているようだ。m-RNAワクチンの効果が驚くほど高い上に、日本にはファクターXが働いている。恐らく50%程度でも十分に感染拡大は抑えられ、一般的な感染対策で十分になり、イベントも概ね開催可能になるのではないか。また、それより前に、高齢者への接種が終わることでほとんど人が死ななくなる。オリンピックが終わる頃には、人々の不安によるヒステリー状態が解消しているのではないかと期待している。

ガースーよ。世間には叩かれまくっているが頑張ってくれ。仕事師内閣を看板倒れにしないでくれ。

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