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GUCCIのバッグに魅せられた話

 推しがGUCCIのグローバル・ブランドアンバサダーに就任した。なので否応なくGUCCIの衣装を纏った推しの姿を目にすることになった。ファン達が、早速GUCCIのバッグや洋服を購入しました!と嬉しそうにネットあげるのを少しだけ羨ましく思った。
 
 これまでの人生、ブランドというものには全く関心なく過ごしてきた。1980年代の話だが、初めてヨーロッパへ旅行してパリでLOUIS VUITTONのお店に入った事がある。当時は20代の若者でも競ってロゴ入りの茶色のボストンバッグを持っていた時代だ。詳細は忘れてしまったが、とにかく店員さんがものすごく冷たくそっけない対応だったことだけは今でも覚えている。それ以来、ブランド品など買うまいと決めたのだった。そもそも生地全体にロゴが入るバッグに美的な魅力を感じる事はなかった。もちろん不相応な価格である事も問題だったのだが。
 けれど推しの力はすごいもので、GUCCIと聞くとなぜかドキッとして、財布くらいなら購入してみてもいいか?などと少し興味が湧いてきてしまった。先日の韓国旅行の帰りには、仁川空港でGUCCIのお店に入ってみた。残念ながらやはりブランドのロゴだけが目に飛び込んできて、欲しいと思える商品にめぐり合うことはなかった。
 それがある日、近くのデパートにもGUCCIの店舗があるではないかと気づき、いつもは素通りするフロアにあるお店に、ついに足を踏み入れてみたのだった。

 かなり緊張して入ったのだが、ガラスケースの中にブランド感が控えめで綺麗な薄緑色の財布が目に入った。留め金部分のロゴが金ではなく白と緑で、とても上品な財布だった。しばらく眺めていると、店員さんが手袋をしてガラスケースから丁寧に出して、トレイの上に乗せて内側を見せてくれた。外の薄緑色の皮にマッチした薄黄色の細工に少し心が揺れた。けれど、今持っている財布に比べると小さいので実用性には欠けるな、などとためらっていると、「この財布に合う素敵なバッグがあるのですよ。」と後ろの棚に飾られていたバッグを取り上げてガラスケースの上に並べてくれた。そしてなんと不覚にも、一目見て財布と同じ薄緑色のバッグに心を奪われてしまったのだった。柔らかい皮なのだけれど形はカチッとしていて、バッグを閉じた際に留め口が上にくるので、持った時には金のブランドマークは目立たない。持ち手の部分は竹製なのだが、一つ一つ丁寧にカーブをつけて作り上げていると言う。竹の持ち手は今年のGUCCIのトレンドなのだ。手に持って鏡を見ると別人のようにグレードアップした自身の姿に驚く。「竹の持ち手の部分はスカーフを巻いてもいいですよ。」と実践してくれる。冬のコートにも合いそうだ。肩にかけるストラップの2色はどちらにしてもセンスがいい。この歳になって初めてブランド品に一目惚れしてしまった。
 だが、やはり気になるのは価格だ。普段買うバッグとは1桁違うが、決して買えない金額ではないと思ったりする。このバッグより小ぶりでスマホすら入らない濃い色合いのカバンより安い。推しの力も後押しして、えーい買ってしまおう!と深呼吸した瞬間、なんとお店の入り口に常連のお客様が入ってきたのだった。対応してくれていた店員さんは、「ちょっと失礼」と言ってそちらへ挨拶に行った。この絶妙なタイミングに我に帰る。なんとなく残念なような、ほっとしたような複雑な気持ちでカバンをながめていると、戻ってきた店員さんは全てを察したようで、「ゆっくり考えてくださいね。」と小さなカードに商品の番号と値段を手書きして、名刺と共に渡してくれた。あまりにも鮮やかな店員さんの対応に好感を持ち、常連客にでもなったかのような気分でお店を後にしたのだった。
 家に帰って少し興奮気味に娘にGUCCIのお店に入った話をした。儚い夢物語だったね、と笑われるかと思いきや、どんなバッグなのかと興味を示すので、写真を送ると「素敵な色のバッグだから一度は持って歩いてみたいな。」などと言うではないか。娘も気にいる程のバッグなのだから、二人で使うと考えればお安い買い物か?などど思う自分に苦笑する。そもそも価格を気にする時点でブランド品を持つには相応しくないのだから。

 先日、推しがミラノで開催されたGUCCIのファッションショーに招待された。茶と青のスパンコールだけで作られた豪華な衣装を着こなす姿に惚れ惚れする。他の有名ブランドからもオファーを受けたようだが、GUCCIを選んだと言う。
 GUCCIの夢物語はまだ終わらないのだ。お店に入りさらりと「これにするわ。」と言える機会がやってくるかもしれないと今日もまた夢を見る。


 
 
 


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