映画備忘録4 『グラントリノ』
“グラントリノ”とは、アメリカのフォード社の車のことで、全くと言っていいほど車に興味のなかった自分は、この映画のタイトルが何を意味するのかを分からずにいた。
『......よく分からん題名だけど、とりあえずイーストウッドの新作だから観てみよう』
そう思いながら劇場に足を運んだ中学生の自分だった。が、まさか人生で初めて映画を観て号泣するとは、このとき思いもしなかった。
自動車産業の成長とともに発展したデトロイトの街。しかし、外国(おもに日本)からの自動車輸入増加の影響により、自動車産業そのものが低迷していく。もといた住民は街を去り、黒人やアジア系の数が徐々に増えていって、移民の都としてのデトロイトが出来あがった。
このようにアメリカはかつての輝かしき力を失いつつあるように見える。生粋の右翼作家であるイーストウッドは、この現状をどう見て取るのか?
ネトウヨだったりどこかの政党ならば、単なる排外主義に陥るだろう。
「コイツらがいるから全てが悪い方向にいくのだ!」と。
けれども、彼はそうじゃない。この作品で、アメリカという国の、唯一であろうと思われる強みについてを描く。
それは「誰でもアメリカ人」になれることで、出自や外見などに関係なく、望めさえすれば、誰でもアメリカ人として生きることができるという国の在り方についてを誇る。大事なのは人種的な問題ではなく、内に秘める魂についてだということを、彼はこの映画を通して観客に伝える。
......老人から少年へと受け継がれるアメリカン・スピリット。その象徴としての、フォード低迷期に生まれた“グラントリノ”というアメリカ産の車。その完璧すぎるほどの美しい脚本と幕切に、涙が6リットルほど流れた。