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元彼はスレッズおじさん

元彼の名前を検索してみたら、スレッズおじさんと化していた。どうやらXは辞めた模様。フォロワーが1万人もいて、蛇口ひねったみたいに言葉が溢れている。なんだか元気そう。ヨカッタヨカッタ。

私は自分の心を揺らすかの如くスクロールしてみる。マッタク、何の役にも立たない情報ばかりだが、読めばオモロい文章でついつい見ちゃう。しかしまぁ大変な人だったと思い返す。

5年前、私たちはマッチングアプリで知り合った。付き合って3回目のデートで、滋賀県の雄琴の温泉宿へ泊まりに行った。雄琴といえば風俗で有名だが温泉地でもあり、安くて綺麗な旅館が結構あるのだ。夕飯に日本海のカニやお造りを堪能し、個室についた露天風呂にふたりで何度も入った。

しかし、帰りに立ち寄った美術館で、彼は急に不機嫌になり、ふらっとどこかへ居なくなった。LINEをしても返信がなく、私がひとりで家に帰ると、LINEでブチギレし後日メソメソと泣きついてきた。
「ぼく、寂しいんだよ!」

その後も同じようなことが頻発した。表向きには口が大変達者でもの知りなサラリーマンだが、あるスイッチを踏むと非行少年や赤ん坊に豹変してしまう。拗ねたり突き放したりニャンニャンしたり、大波小波の感情で相手を支配した。

スレッズ文は、投げかけの文末(例「〜〜、笑」「ですよね」)で終わることが多く、返信はほぼない。きっとレスが来たら来たで、上から目線で面倒臭がるのだろう、そういう人だ。時折、際どい発言をしたかと思えば数分後にかき消されている。
会社を辞めて、個人のビジネスをしているようだが、お客さまに向けてなのか、友だちに向けての発言なのか、本人でさえぐちゃまぜになっている様子。

まぁ、それがSNSの仕様だ。
SNSの海には「好きに何でも呟けばいいじゃん」という看板が立て掛けられてあるが、その通りにやると、アカン溺れてしまうってこと、人類Twitterで学んできたはずなのに。人は同じことを繰り返してしまう生きものだ。

それにしてもフォロワー1万人の前に立つ自意識ってどんなだろうか。42才。友だちでも何でもない人に漏らし続ける<感情>って、誰かの「いいね」をもらうために、提供し続ける<情報>って一体。
フォロワーさんは困った時に実際誰も助けてくれない。それより築くべき関係があったよね。
(おっと、これは自分に対して思うこと)

友人にものすごい情報通がいて、そこかしこのインフルエンサーをフォローしまくっている。雑誌に載ってた編集者、イラストレーター、料理家、のべつまくなしにラブしている。それは「知りたい」という好奇心なのか、有名人と繋がりたい「私を見て」の自意識なのか、凄い、ずっと見ているのである。おそらく彼女は流行に遅れることを恐れている。そんな彼女が彼のこともフォローしていてちょっと驚く。彼女の日常に彼のツイートがどう影響しているのか想像すると、それはただの豆知識で、彼の人生は時間は<おもしろ情報>として瞬間的に消費されている。

彼はよく「好きになってくれた人しか好きにならない」と言っていた。私がご飯を作るってあげると、「そのお礼に」ご飯に連れて行ってくれた。キスをするとキスをしてくれた。フォロバ文化に似ている、と思う。今考えると、きんも。

当時は「フキハラ」という言葉もなかったし言葉の発明によって、人はアップデートしている部分ってある。だけどSNSによって人類は進化しているのか、退化させられているのか、とたまに考える。例えば、有名じゃないと商売が成り立たない、と思い込んでるとか。有名人にリポストされて気持ちが盛り上がったり、知らない人に絡まれると変に上から目線になったり。なんちゅう不健康極まりない人間関係を続けているのだろう。そう考えれば考えるほど、彼のことも、「大丈夫かな?」と思えてきた。

「もう二度と連絡してこないでください」と言ったのは私の方だった。夜中にタクシーで呼び出されたのに、気まぐれで家に入れてもらえなかった。半ば私もカサンドラ状態に陥っていたが、最後には私がブチギレし別れた。

翌日、彼は私のマンションの非常ベルを3回鳴らし、夜にコンビニに行こうと外へ出ると、マンション前の駐車場で酒を飲んでいた。怖かったが、怖くないふり何も見ていないふりで、夜でもやっている食堂へ駆け込んだ。「そろそろ居なくなってるかな」とマンションへ戻ると、彼は不審者通報されたのか警官に囲まれていた。ざまぁ。私はまた何も見ていないふりをして自室へ戻った。

DMに「お元気ですか」と書いて消した。
私の人生でボロクソに傷つけてきた人に、何でもう一度出合わなくちゃいけないんだ。寂しくて気まぐれで、一瞬でも連絡しようとした自分が恐ろしくなった。そんなことを勝手に思いながら、どうかメンタル安心の世界で生きていてくれよ、と願った。

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