国語の教科書が好きでした3:村上春樹「バースデイ・ガール」

全部でいくつになるかまだ決まっていませんが、とりあえず三つ目です。

「好きな作家」と聞いて最初に思い浮かぶのは村上春樹さんです。そして初めて村上春樹さんの作品に触れたのは、国語の教科書に載っていた「バースデイ・ガール」でした。語り手の「僕」と「彼女」の会話の中で、「彼女」がある誕生日にした不思議な体験が語られる短編です。

村上春樹さんの作品の食事が好きなのですが、この作品でも、食事の描写がとても印象的でした。綺麗な焼け目の付いたチキン、付け合わせの温野菜の鮮やかで柔らかいオレンジと緑。コーヒーのポット。老人の乾いた指先と、部屋に浮かぶ埃の粒子。「バースデイ・ガール」と聞くと、自分の中に浮かび上がってくるイメージはこのようなものです。

読んだ時の第一印象は、「不思議な言葉選び」だったと記憶しています。元が英語で書かれていたものを翻訳したような雰囲気、というのが個人的な印象でした。でももしこれが英語で書かれていたとしたら、この「翻訳を連想させる」雰囲気そのもがなくってしまう気がして、そのことが尚更不思議でした。(後に村上春樹さんは翻訳も手掛けていることを知り、見当違いかもしれませんが妙に納得したのを覚えています。)

その後、母親と訪れた本屋さんで「1Q84」の文庫本を手に取りました。主人公の一人がタクシーに乗っているシーンから始まるのですが、もちろん自分は高級な車についてくるスピーカーのことなんて全く分かりませんし、出てくるクラシック音楽の曲名も何一つわかりません。タクシーさえ無縁の学生です。共感も理解もできていないのに、それでも何故か引き込まれてしまう。(その文庫本は結局母親が買ってくれましたが、これをちゃんと読み通すことができたのはしばらく後のことでした。)

小学生のころ、先生に「物語を書くときは、たくさんの形容詞を使いなさい。読んでいる人が、頭の中で絵を描けるように言葉を選びなさい。」と教えられました。確かに、小学3年生に与えるアドバイスとしては有効だと思います。自分が想像しているものを、相手に伝わるように書く。たくさんの形容詞を使おうとすることによって、語彙力の向上も見込めます。

自分も素直に、形容詞をたっぷり使った物語を書いて提出していました。なぜか人間の登場人物を書くのが気恥ずかしく、いつも動物を主人公にした冒険譚を書いていたのは良い思い出です。人間のような名前を付けるのも嫌だったようで、よくわからない音節を無理矢理つなげ合わせた不思議な名前を選んでいました。

そう、この時、そしてこれからしばらくは、自分にとって本は「物語」であり、それを映像的に相手に伝え、特定の感情を呼び起こすものだったのです。このような本に慣れていた自分にとって、「バースデイ・ガール」は初めての体験でした。物語そのものも面白くはありましたが、「何を伝えたいのか?」「起承転結は?」などが上手く理解できず、でもどうしても惹かれて何度も読み返してしまう。口を閉じたまま舌の上で単語を転がしてみる。それを何度も繰り返しました。

「バースデイ・ガール」、「1Q84」をはじめとした村上春樹さんの作品は、文章や言葉そのものに興味を持たせてくれました。「何故この言葉たちがこんなに気になるんだろう?」それが自分でもわからないからこそ、どんどん他の作品を読んでいきました。考えるうちに、自分の興味は物語そのものだけではなく、これを作り出した人間にも向いている、というとりあえずの結論に辿り着きました。

この人が選ぶ言葉が好き。読むとき、頭の中で音読が聞こえる気がして、その音読をしている誰かの声が好き。初めて「バースデイ・ガール」を読んだ時の不思議な気持ちが好き。読んだ後何故かすりガラスを通して見ているかのように世界がぼやけて見える錯覚が好き。

もし「好きな本は?」と聞かれたら、村上春樹さんの作品を答えるかどうかは、本当のところわかりません。でも、「好きな作家」は村上春樹さんです。言葉に、文章に、そしてそれを生み出す人間に、興味を持つきっかけをくれた「バースデイ・ガール」は、国語の教科書に入っていた作品の中でも特に思い入れの深い作品です。

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