アルツハイマー病の研究、と大事なこと

先日大学の授業で興味深い研究について聞いたので、そのことについて書いてみたいと思います。

クロルールドソディウムがアルツハイマー病の原因物質!?

認知症の一種であるアルツハイマー病。記憶や思考能力がゆっくりと障害され、最終的には日常生活の最も単純な作業を行う能力さえも失われる病気です。不可逆性の病気であるため、一度かかるとその進行を遅らせることが唯一の処置だと言われています。

アルツハイマーについては様々な研究がなされていますが、まだ決定的な原因は分かっておらず、完治する病気ではありません。そんな中、クロルールドソディウムという物質がアルツハイマー病の原因物質ではないかという論文が発表されました。

内容を簡潔に説明します。
アルツハイマー病は脳の神経細胞の異変によって生じます。本実験にて、クロルールドソディウムを通常の2倍添加して神経細胞を培養すると、神経細胞がダメージを受け死滅してしまうということが明らかになりました。つまり、クロルールドソディウムは神経細胞にダメージを与えているのではないかと言うことができます。
このことからクロルールドソディウムがアルツハイマー病の原因である、と推測できます。

と、ここまでが論文の内容なのですが、クロルールドソディウムとは一体どんな物質なのか?どんなものに含まれているのか?気になりますよね?

クロルールドソディウム(Chlorure de sodium)は実はフランス語。
chlorure:塩化物 sodium:ナトリウム
つまり、塩化ナトリウムのこと。塩化ナトリウムって...?そう、食塩です。

ということは、この論文ではアルツハイマー病の原因物質は食塩ではないか、と言っているのです。

しかし、浸透圧が非常に重要な生体内において食塩濃度が通常の2倍は有り得ない濃さです。神経細胞に限らずどんな細胞でも死滅してしまいます。(だから食事するときは塩分に注意が必要!) 結局、食塩はアルツハイマー病の原因物質であるというこの研究は正しくなかったのです。

「食塩はアルツハイマー病特有の原因物質である」と言われたらまだ疑う余地はあるものの、専門家ですと名乗る人が「クロルールドソディウムという物質が…」なんて話し出したらそれっぽく聞こえてしまうのが怖いところです。

サイエンスコミュニケーション

今日こんな記事を書いたのは、アルツハイマー病について知って欲しかったからではありません。私が今大学で専門分野と並行して学んでいる「サイエンスコミュニケーション」について書きたかったんです。

サイエンスコミュニケーションとは
科学の専門家が非専門家に向けて科学的トピックを伝えること。そして科学と他分野を繋げること。

上の論文の例で、いかにサイエンスコミュニケーションが重要か分かっていただけると思います。伝え方で、こんな見せ方が出来てしまうのかと…。

「サイエンスコミュニケーション」という言葉は割と新しい言葉かと思いますが、今までもその役割を担う人は大勢いました。例えば、教師、博物館の学芸員、科学の本を書く人、などなど。科学の授業をやっているYoutuberだってその一員です。

近年この言葉が急に強調されるようになったのは、生命科学の分野の発達だと思っています。今まで科学と言われると物理や化学を主に指していたものが、2003年に完了したヒトゲノムプロジェクトなど、研究内容が自分の生活に直結して身近に感じるようになったことから、より人々が興味を持つようになったのだと思います。だって、新しい元素が発見されましたっていうニュースより、ガンの新たな治療法が発明されましたっていうニュースの方が興味を引きませんか?山中先生のiPS細胞の研究があれだけ取り上げられたのも、それが理由ではないかと思います。科学がより身近になったことは良いことですが、その分科学者と非科学者の間のコミュニケーションには注意が必要になります。科学者側は、より分かりやすく誤解されないような発信をする、非科学者側は、科学者の言うことをそのまま受け入れるのではなく自分の頭で考え他の情報も取りに行く。どんな学問でも専門家と非専門家の間のコミュニケーションで齟齬が生じてしまうことはありますが、専門用語が分かりにくい科学は特に気を配らなければならないのだと思います。


先日、ブルーバックスの編集者の方のお話を聞く機会があり、その時印象的だったのは

「科学エンターテイメント」を届けたい

ということ。ブルーバックスは科学の専門書ではなく、専門家ではない人でも科学を楽しめるように作っているとのことでした。これもまさにサイエンスコミュニケーションだなと思います。科学者向けの科学書ではなく、一般の人が興味の入り口として読む科学書。だからあれだけ多くの人に読まれるのだと納得しました。


一見分かりにくく、入り口が狭く見えてしまう科学だからこそ、科学者の側が非科学者に寄り添い、伝える努力をすることが必要なのだと感じさせられます。

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