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時空を駆ける猫 第二章
第二章 マリーと奏と博士
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博士がモニターに映る。白髪のヒゲを蓄えた彫りが深い顔。あれ?見たことある。あれだ!あの有名な、かの有名な。
「アインシュタインにゃ!」
博士はフォフォフォフォフォと笑って舌を出した。やっぱりそうにゃ!
マリーは立ち上がりモニターに手でタッチを繰り返している。まるで猫パンチのようだ…
「林博士冗談はやめてください…どうゆうことですか?先程連絡した通りマリーの性格が全く違うんです。瞳も色が違うし、自分を猫だと言ってるし僕との記憶が全くない」
未だモニターにタッチを繰り返しているマリーの目は瞳孔が大きく丸くなっている。
「奏くん確かにこれは少しおかしいね、三回目だし、ミスはなかっと思うんだがね?研究室に一緒に来てくれ。マリーを検査してみるよ」博士も少し不思議そうに考えるように首を傾げた。
通話を終えてから僕はパイプオルガンを弾くことしした。マリーが思い出すかもしれないからだ。マリーならきっと歌うはずだ。オルガンの椅子に座るとマリーが近寄ってきた。恐る恐る興味津々という感じだ。
「これ音がなるでしょ?綺麗な。
わたし聴いてみたい!あなた弾けるの?」
「僕は…これでも昔は有名なピアニストだったんだよ。君が1番知ってるはずだよ」
こちらをじっと見る奏という男性はまた悲しそうに笑っている。
そうか、このひと恋人だと言ってたからマリーがマリーじゃ無くなって悲しいんだな。でもわたしだって不本意だ。ここから出てまだまだ夜空を冒険してたまにお父たちを見に行っていずれは夜空に光るあの星になると解ってるんにゃ…だけど何故かもう少しこの人間の中に居てもいいような複雑な気分だ。猫のときよりずっと複雑な気分だにゃ。。。
「昔は?今は違うの?
とにかくオルガン弾いてよ!わたし聴いてみたいよ。オルガンってなんか懐かしい音色がするでしょ。」
男性が椅子を引いて背筋を伸ばし鍵盤に指先を乗せるとさっきまでの雰囲気とどれとも違う感じがした。流れる音をじっと耳を澄ませ聴く。知らない曲なのに知ってるように思う。わたしは目ヤニではない涙、人間になってはじめて涙が流れた。何故か理解できないかったけど優しく、愛おしいそしてとても哀しい寂しい音だと思ったから。フンフン〜反射的に口づさむように声をだしてしまった。なんでにゃ…?
「マリー?!泣いてるのか…?いや君はもう少し上手に歌えたはずだよ。肺に空気を吸い込んで?そんな猫みたいなか細い声…それとも肺が痛いとか?」心配そうにピアノを中断してこちらに来た。
「失礼にゃ!歌は猫のときから苦手にゃ!それにこの曲はじめて聞くよ。私が知ってるのはそうだにゃー「わたしは人類」って曲ぐらいにゃ。これは猫のときの家族のツツジがひとりで歌ってやがったんにゃ。皆既月食のときもこれを聞いてたよ。覚えてる。わたしはそれしか知らないにゃ。ツツジも歌はからっきし下手くそだったよ。マリーはお歌上手だったの?肺は痛くない。けど。猫のときわたしは肺の病気で死んでしまったにゃ。どうして知ってるの…?」
知らない曲を涙を流しながら口ずさんだ私を前にあきらかに困惑の表情で奏さんはため息はいた。俯きながらオルガンを閉じた。「どうやら本当にマリーじゃないみたいだね。君は嘘を言ってるように思えない。歌もね。ふっ。マリーは現代でも治らない肺の病気だったんだ」
ピアノを聞いたらこいつは少しは良いやつかと思えたけどやっぱり性格悪い…でもマリーの事はきっと大切な人だったと感じる。当たり前か恋人だったと言った。
奏と言う男性はぱっと切り替えたように「しかし「わたしは人類」なんてはじめて聞いた、それはどんなジャンル?クラシックじゃないね。後で調べてみよう。君の住んでたところ日本のどのあたりだったのかな?」
まさか猫だって今の歌を聞いて信用したのか…?なんだかそれ複雑にゃ…
「わたしは西の大阪に住んでたよ。だから東京に空中都市があるなんてびっくりしてる。地上にはどうやっていくにゃ?体がないときなら一瞬でいけるのになぁ」
「…空中都市なら大阪にもあるだろう?珍しがるほどじゃない。今は東京、大阪、名古屋、博多、北海道にあるじゃないか」
え???わたしが家猫で家から出なかったから知らなかったのかにゃ…?
「マリー、いやクー。博士のところに行くから用意してくれ。部屋のクローゼットにマリーが好きな服が入ってるはずだよ。好きなのを着て。11時に出るから。僕も支度してくるよ。地上へは飛行車で行くよ」
「にゃんだってえ???空飛ぶ車があるの?わたしの住んでたところはきっと地上よ!だから空を飛ぶのは鳥と虫と飛行機とヘリコプターだけだったよ!!空中都市なんて本当にはじめて来たよ。ここは地上からどのくらい上にあるの?わたしの住んでたところにも高い建物はあったけどね。それでもその上の方へはエレベーターで行くと言ってた」
「クー君は猫のわりに博識だと思っていたけどおかしいな?」
嫌味かにゃ?😾
「飛行車も空中都市も流石に地上に住んでても誰でも知ってるはずだよ。君の飼い主さんいや家族たちは誰も空中都市について話をしてなかったかな?テレビのニュースとかでみたことあるだろ。上も下も情報は共有しているよ」
うーん上の情報なんて聞いたことないなぁ。とにかくお洋服を着てくれば良いんだな。人間は服を着ないと確か警察に捕まるんだったかな。マリーの部屋に案内され、クローゼットには沢山の服があった。わぁすごい。これにはお母もびっくりするはずにゃ。わたしは1番に目に入って気にいったお花の模様の赤い羽織を着ることにした。それは猫のときの首輪の柄と同じだったからだ。それを羽織り階段を降りて奏さんの前に行くと、びっくりした顔で「おい君、それは着物用の羽織りでそれだけで着るものじゃないよ…それに検査しに行くんだから着物は着付けしてもらわないといけないし、検査しやすいワンピースにしてくれないか」と呆れたように言う。
ワンピースもたくさんあって迷った。ワンピースって多分スカートと上の服が一体になったやつにゃ。猫用ワンピースなんてのもあったから知ってるよ。そして選んだのはやっぱり私らしく黒のワンピースにしたにゃ♪首飾りに赤いペンダントをつけた。わたしは赤い首輪が1番似合ってるってみんな言ってたからにゃ♪
今度は奏さんは文句を言わなかったけど、「もしかしてクー君は黒猫だったのかな?マリーは赤毛だからその服似合ってる。マリーは白色が好きだったんだ。ネックレスもそれを着けたの見たこと無かったかもしれない。好みが違うと別の人のようだね。と言うか別の…猫か苦笑」
奏さん…そうよ。わたし黒猫のクーだったよ。わたしに出ていってほしいよね…?わたしもどうしてマリーの中に入っちゃったか解らないよ。
拭いて考え込むように下を向いたわたしに
「まぁ、今考えても事態は変えられない。とにかく博士に診てもらわなきゃだよ。どうするかはそれからだ…もしかしたらマリーは僕から逃げたかったのかもしれない…」
「え?喧嘩でもしたのか?」
「まぁ人間は複雑なんだよ。クー君には解らない」
「いや!わかるにゃ!だって今わたしは人間だもの。。。それに11年人間と暮らしてきたのよ」
「うん、さっきのピアノだけど本当に何か思い出したりしてない?」
「思い出す?だってわたしはクーだって言ってるでしょ?」
「そうだね、ごめん」
そうして気まずい空気のまま
飛行車で地上に降りた、そこから無人タクシーで博士の研究室に着くそうだ。地上に降りても私が知ってる世界とは違っていた。どこもかしこも無人の店舗で接客店員が機械しか居ない。そして異常に熱い。地上はアスファルトが日差しで蒸気しており、空気は暑さの割にとても乾いているように感じる。風ひとつなくてあんなに深緑が多かったわたしが生きてたとき住んでたところとは違って明らかに花や草木が少ないように思う。でも空中都市は普通に花も咲いてたのに。まるで別世界だ。猫は暑さに強いけれどこの身体では汗が止まらない。それなのに皆長袖を着てる人が多い。
「ねぇ今は何月なの?わたしは春先にマリーとぶつかった筈なんだけれど。こんなに暑いなんて。おかしい。それになんだか私の知ってる地上とは違う気がする…」
「うん?今は春先の5月だよ?最近は例年通りこの暑さだよ?マリー、君ワンピースだけで来たのかい?上着は?今日は外には出ないけど紫外線に当たると肌がやられるから今の時代、外に出るときは皆長袖を着るだろ?もしくは日傘を持ってるだろ。」
わたしははっとした。今の時代…?
お父もお母もツツジも夏は長袖なんか着てなかった。お母は日傘はさしてたけど。5月の気候と思えない暑さ。そもそも空中都市なんて聞いたことないし、、、ロボットや機械ばかりが目立つ街並み、歩いている人間をじっと見てみた。みんなサングラスに長袖のウェアを着てたり、日傘をさして歩いている。
若い人たちはゴーグルのような大きめのメガネをしている。歩いている人もいるが、自転車のような?ハンドルが無い自動で動く乗り物で移動していたり、靴が足よりえらく大きくてエンジン音がする動く靴を履いてたり、車と歩道以外に人の移動の乗り物用の道がわかれていたり、やっぱり私の知ってるところと違う…人間もなんだか無機質な感じだ。最初奏さんにもそう感じた。今はそうは感じないけれど。
まさかだけれど「もしかしてここは…ちょっと聞きますが今は西暦何年の何月ですかにゃ?」
「え?今は西暦2124年5月だよ。どうして?」
にゃんとにゃしんじられない5月だよ。で覚えておくとよいにゃ!
わたしはマリーの中に入って100年先未来にきてしまったと言う訳だ🙀
「もう何を言えば良いか解らないけどわたし過去から来たよ!!!本当よ!わたしが死んだのは2023年だもの。あっマリーとぶつかったのは2024年5月。だからここは100年後の未来なの!なんてこと!信じられない!」
騒ぎ立てる私をよそに奏さんはわたしに疑いのような眼差しを向けている。
「いやいやいやちょっと…
じゃあ君はタイムトラベルしたってこと?馬鹿にしてるの?じゃあマリーは…?」
「僕はまだマリーの記憶の伝達に異常があると疑ってるんだ。もしくは猫がのりうつったか…はやく研究室に行こう…」
わたしはタイムトラベルした事実を信じてもらえてない事に苛立ちに似た気持ちになった。そしてのりうつるなんて言われて悲しかった。折角少し仲良くなれたと思ったのに。
奏さんは急に冷淡な態度で外をずっと見てこちらを見ようとしない…だけど無人タクシーの黒い窓ガラスに映るわたしの猫目をガラス越しに観察していた。第三章へ続く…