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#421 「長崎労働基準監督署長事件」長崎地裁

2016年10月5日に配信した「会社にケンカを売った社員たち」第421号で取り上げた労働判例を紹介します。

■ 【長崎労働基準監督署長(以下、N労基署長)事件・長崎地裁判決】(2015年3月2日)

▽ <主な争点>
うつ病の発病に伴う自殺と業務起因性など

1.事件の概要は?

本件は、Xが甲大学病院に勤務中の平成21年に自殺したことにつき、Xの妻であるYがN労基署長に対し、Xの上記自殺は業務に起因するうつ病によるものであるとして、労災保険法に基づく遺族補償給付および葬祭給付の支給を請求したが、同労基署長がいずれも支給しない旨の処分(本件各不支給処分)をしたため、その取消しを求めたもの。

2.前提事実および事件の経過は?

<XおよびYについて>

★ X(昭和28年生)は、昭和46年6月に甲大学に採用され、事務職として勤務し、平成20年7月からは甲大学医学部・歯学部附属病院の経営企画課において、戦略企画班の外部資金担当主査として勤務していた者である。

★ Yは、Xの妻である。

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<Xの死亡(本件自殺)について>

▼ Xはうつ病(ICD-10分類のF32うつ病エピソード。以下「本件疾患」という)を発病した後、21年4月、長崎市内の橋から海に飛び込み、多発骨折性出血により死亡した(以下「本件自殺」という)。

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<本件各不支給処分、審査請求等について>

▼ Yは21年11月、N労基署長に対し、本件自殺は経営企画課における過重な業務によって罹患したうつ病に起因するものであると主張して、労災保険法に基づく遺族補償給付および葬祭料の支給を請求した。

▼ これに対し、N労基署長は種々の調査を行った上、(1)Xが21年1月頃から風邪みたいな症状として身体の不調を訴え、その言動に変化が生じ、同年3月には中等症うつ病エピソードの典型的症状および一般的症状が揃っているところ、これらの病相を一連のものとしてみれば、発病時期は21年1月頃とするのが妥当である旨や、(2)その業務起因性は発病前6ヵ月間の出来事である20年7月の異動を評価して判断することとなるところ、心理的負荷の強度は「中」と評価され、業務起因性は認められない旨の長崎労働局地方労災医員協議会精神障害等専門部会の意見等を踏まえて、22年9月30日付で本件各不支給処分をし、Yは同日頃、その旨の通知書を受領した。

▼ Yは本件各不支給処分について、本件疾患の発病時期は21年3月中旬以降であると主張して、22年11月、長崎労働者災害補償保険審査官に付して審査請求をしたが、23年12月、上記審査請求を棄却する旨の決定を受け、24年2月、労働保険審査会に対して再審査請求をしたが、同年9月、上記再審査請求を棄却する旨の裁決を受けたため、25年1月、本件訴訟を提起した。

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<現在の心理的負荷による精神障害の認定基準等について>

★ 厚生労働省(厚労省)は「精神障害の労災認定の基準に関する専門検討会」が作成した報告書(23年11月8日)の内容を踏まえ、同省労働基準局長通達「心理的負荷による精神障害の認定基準について」(同年12月26日)を都道府県労働局長あてに発出して、従前の判断指針等を廃止し、24年3月、労働基準監督署における労災認定実務の指針として、「精神障害の労災認定実務要領」を作成した。

★ 上記認定基準において、対象疾病の発病に至る原因の考え方は、環境由来の心理的負荷(ストレス)と個体側の反応性・脆弱性との関係で精神的破綻が生じるかどうかが決まるため(ストレス-脆弱性理論)、業務起因性を判断する要件として、対象疾病の発病の有無、発病の時期および疾患名について、明確な医学的判断があることに加え、発病前6ヵ月間の業務による強い心理的負荷を掲げている。

★ 認定要件の具体的な判断として、対象疾病の発病の有無、発病時期および疾患名はICD-10の診断ガイドラインに基づいて判断し、業務による心理的負荷の強度の程度は「心理的負荷評価表」を指標として、「強」「中」「弱」の3段階に区分し、総合評価が「強」の場合は「業務による強い心理的負荷」の認定要件を満たすものとする。

★ ICD-10の診断ガイドラインは「F32 うつ病エピソード」の診断基準について、「うつ病には3種類(軽症、中等症、重症)のエピソードがあり、その症状として、3つの典型的症状(抑うつ症状など)と7つの一般的症状(集中力と注意力の減退、睡眠障害、食欲不振など)がある」としている。

3.職員Xの妻Yの主な言い分は?

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