#322 「学校法人 甲音楽大学事件」東京地裁
2012年10月31日に配信した「会社にケンカを売った社員たち」第322号で取り上げた労働判例を紹介します。
■ 【学校法人 甲音楽大学(以下、甲大学)事件・東京地裁判決】(2011年7月28日)
▽ <主な争点>
准教授の女子学生(当時)に対する性的行為等を理由とする懲戒解雇など
1.事件の概要は?
本件は、甲大学の准教授であったXが平成22年6月1日付懲戒解雇の意思表示(本件懲戒解雇)が無効であると主張し、(1)雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認、(2)22年6月21日から本判決確定の日まで、毎月21日かぎり、月額50万円余の割合による賃金等の支払いを求めるとともに、(3)本件懲戒解雇が違法であり不法行為を構成すると主張して、慰謝料300万円の支払いを求めたもの。
甲大学は、Xの解雇通知処分書に記載された各行為(女子学生Aに対する性的行為)が就業規則69条2号「法人の教育方針に反する行為のあったとき、または職場内の風紀秩序を乱したとき」、11号「ハラスメントの事実を認定したとき」に該当するとして、Xを懲戒解雇処分に処する旨の記載のある「懲戒解雇通知書」を示し、本件懲戒解雇の意思表示をした。
2.前提事実および事件の経過は?
<甲大学およびXについて>
★ 甲大学は、教育基本法および学校教育法にしたがい、大学、高等学校その他の教育施設を設置し、音楽文化の発展に寄与する人材を育成することを目的とする学校法人である。
★ Xは、平成7年4月、甲大学との間で雇用契約を締結し、本件大学において、16年4月以降、専任講師として勤務し、21年4月以降、准教授として勤務していた者である。また、Xはオペラ歌手であり、妻および2人の子と共に生活している。
★ Aは、平成18年4月に甲大学音楽学部演奏学科に入学し、22年3月に同大学を卒業した者である。Aは上記学科において、ピアノ演奏を専攻していたが、19年4月頃から、Xの指導を受けるようになった。
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<甲大学の就業規則等の定めについて>
★ 甲大学の就業規則(以下「本件就業規則」という)には以下のような規定がある。
第68条 懲戒の種類および程度は次のとおりとする。
(1)ないし(5)いずれも略
(6)懲戒解雇即時解雇する
2 前項の懲戒は懲戒委員会の審議を経て行う
3 懲戒委員会の規定は別に定める
第69条 職員が次の各号のいずれかに該当する場合は審議の上、その情状に応じ、前条に定める懲戒処分を行う
(1)略
(2)法人の教育方針に反する行為のあったとき、または職場内の風紀秩序を乱したとき
(3)ないし(10)いずれも略
(11)ハラスメントの事実を認定したとき
(12)その他前号各号に準ずる程度の不都合な行為があったとき
★ 甲大学のキャンパス/スクール・ハラスメントの防止等に関する規程には、以下のような規定がある。
(定義)
第2条 この規程において用語の意義は次のとおりとする。
(1)「セクシュアル・ハラスメント」とは、性的な言動で他の者を不快にさせることをいう。
(2)「キャンパス/スクール・ハラスメント」とは、セクシュアル・ハラスメントやその他のハラスメントのために教育研究環境および職場環境が害されること、ならびにそれらハラスメントに起因して園児、児童、生徒、学生および教職員が不利益を受けることをいう。
(設置)
第3条 本法人は、キャンパス/スクール・ハラスメントに関する防止活動等を行うため、キャンパス/スクール・ハラスメント防止機構を設置する。本機構に以下の会議・委員会を置く。
(1)および(2)いずれも略
(3)ハラスメント防止・対策委員会(以下「防止・対策委員会」という)
(任務)
第10条 防止・対策委員会は、次の各号に掲げる事項を任務とする。
(1)被害者の相談への対応
(2)被害の事実調査および事実認定に関すること
(3)被害者の救済
(4)および(5)いずれも略
(6)上記(1)~(5)に関しての事実経過を、所属機関の長に報告すること
(調査報告)
第13条 防止・対策委員会は、調査に基づき慎重に検証・検討し、ハラスメントの事実を認定した場合、所属機関の長に報告し、就業規則に基づいた適正な措置を求めることとする。
2および3 いずれも略
(人事管理上の措置)
第14条 各部門においてハラスメントの事実が認定された場合には、事実の内容や状況等により、法人は必要に応じて当該教職員に対し就業規則に基づいた懲戒処分をはじめ、人事管理上の措置を行うことができる。
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<甲大学のXに対する懲戒手続の経緯等について>
▼ Aは22年3月に甲大学を卒業し、同年4月5日、同大学に対して、Xが(1)21年11月4日、演奏旅行の際、ホテルの自室にAを招き入れ、抵抗するAの意思を無視して性交に及んだこと、(2)21年12月26日、Aを夕食に誘い、いきなりラブホテル駐車場に乗り付け、情交関係を迫ったこと、(3)22年3月30日、Aを自宅に呼んでオペラの練習後、情交関係を迫ったこと、(4)21年秋頃から22年3月頃までの間、Aを自車に乗せて自宅に送る際、複数回にわたりキスをしたことの各行為(以下「本件(1)ないし(4)の各行為」という)を受けた旨の申告をした。
▼ 甲大学は上記申告を受けて、防止・対策委員会を招集し、同月7日、Aから事情聴取した。その際、AはXの本件(1)ないし(4)の各行為の概要を説明した。同日、同委員会はXから本件(1)ないし(4)の各行為に係る事情を聴取したところ、Xは各行為をすべて否定した。
▼ 防止・対策委員会は同月16日、委員として弁護士を交えて、改めてAから事情聴取した後、改めてXからも事情聴取した。
▼ 防止・対策委員会は同月22日、Aの友人であるBから事情聴取した。その際、Bは21年11月5日午前零時頃、AがXから性的関係を強要されたことについて、ホテルの自室に戻ったAとの間でメールの送受信を繰り返した旨を述べた。
▼ 防止・対策委員会は、AおよびXの事情聴取を複数回実施したほか、Bの事情聴取を実施した結果、Aの申告どおり、本件(1)ないし(4)の各行為を認定し、その調査結果および委員会見解等を調査報告書として取りまとめた。
▼ 防止・対策委員会は上記報告書の中で、「本件(1)ないし(4)の各行為は、本件就業規則69条2号および11号に該当し、Xについては懲戒処分を免れ得ないし、甲大学の名誉・信用を著しく傷づけるものであるから、懲戒解雇もやむを得ないものと判断する」との意見を述べた。
▼ 甲大学は防止・対策委員会の上記意見を踏まえ、理事会を開催した上、懲戒委員会規程に基づき、同年5月12日、懲戒委員会を構成した。
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